映画の感想など・・・基本的にネタばれです。
しづのをだまき
【映画】暗夜行路
1959年日本 東京映画 144分 原作 志賀直哉 監督 豊田四郎
出演 山本富士子 池部良
鑑賞@松江テルサ
月一度の名画上映会、例によって、島根映画祭委員長のSさんがしゃべる。来年公開の地元・雲南を舞台にした映画「うん、何?」の紹介と、興味深いエピソードについて。
主演している2枚目俳優でエッセイストの池部良が、ある温泉宿で執筆中に「小説を書くのか、俺が見てやろうか」とのっそり入って来た「変な爺さん」に、憤然としてはねつけた。それが初対面となった志賀直哉に気に入られて、主人公の時任謙作には彼をと指名されるに至ったのだから、不思議な「縁」というべきだろうとの話。
しかし「小説の神様」といわれた志賀直哉も、自分の顔を知らない日本人、しかも物書きの卵がいたとはさぞ心外だったことだろう。小遣いの足りない子供にすしをおごって「神様」と思われた「小僧の神様」のようにうまくは行かないものである。
この映画でも、至る所、思い込み、思い違いから事がうまく運ばず、苦しむ主人公がいる。自己の客観化が出来ない若いうちは概してそうだが、彼は一生、青年のままだったのか。親の遺産で暮らせ、生活の苦労が無かったのも一因かも知れない。何より、彼の実態は今で言う、「アダルト・チルドレン」だったのだろう。
作家としての彼に対する私の心証は→07/1/3「私の好きな作家」参照。高校1年の時、国語の教科書に「暗夜行路」の乳児が病死する場面が取り上げられていた。まあ、不倫・放蕩のシーンを除くと、これくらいしか無かったのかも知れないが、教材としてはどんなものか。
この作品では鳥取県米子市の伯耆大山(ほうきだいせん)が大きい役割を果たしている。出生の秘密から、幼い時から父と、結婚後も妻とギクシャクする主人公が、大山の自然に心身が溶け込むような感覚をおぼえて、病床にありながら、妻とも和解するところで終る。
このギクシャクだが、父にしてみれば妻の不貞の生きた証拠である彼を常に目前にしてはやむを得ぬだろうし、謙作の妻も、初めは彼もそれに魅了されて求婚したのだろうが、能天気すぎる性質で、あんな事態になるのも当然だし、それを夫が怒るのも当たり前だ。問題は、ちょうどその父がしたように、許せないことを許そうとした不自然さにある。又その不自然さは、中産階級の世間体をはばかる弱さから来ているのではないか。
三鷹の井の頭に住んでいたころ、近くに「志賀直○(失念)」という表札の家を見つけた。多分、彼とゆかりの家だったろう。また、直哉の嫁とか妹とかが、あまりにも彼から「バカ、バカ」といわれるので、「どうせ私たちはバカですよ」と居直ったというエピソードを読んだことがある。
映画でも、池部良は何度「バカ」と言っていることか、その上茶碗は投げる、熱湯の入ったやかんをひっくり返して灰神楽をおこす、汽車から妻を突き落とす、実に困った暴力夫である。灰神楽のシーンは、観客には灰がパッと立つところしか見えない。ベッドシーンも、お産シーンも、同じく隠されており、昨今の露出過剰の映画と比べて好もしい。
「女はバカだ」と口癖に言いつつ、少し足りない女ばかり周りに集めている。人道主義と知性を誇る白樺派の中にもこんなのもいたということか。それを美化せず描いた正直さと比類ない簡潔な表現力は、やはり偉大な作家というべきか?17年の歳月をかけて、彼としては珍しく長編を書いたのは、内面にそうせざるを得ないものがあったからで、多分書くことがセルフ・カウンセリングになっているのだ。それに付き合わされる読者が、無闇にありがたがる(そんな人は少ないと思うが)のはどうだろうか。
文芸物を得意とする豊田四郎ということで、脇役には実力派の男女優がずらりとそろい、又、全員がびっくりするほど若い。50年前だから当然だけれど。お嬢様育ちの山本富士子の妻・直子と対照的に、淡島千景が持ち前の江戸っ子風な歯切れの良さで祖父のお妾を演じ、溢れる色気で謙作を悩ます。市原悦子は素朴な小娘で登場、岸田今日子が艶めかしい娼婦姿、仲代達哉は妻の不倫相手の学生、ほか仲谷昇、中村伸郎、小池朝雄、北村和夫、千秋実、加藤治子、杉村春子と、出演者の顔触れを見ると往年の邦画の隆盛が思われる。
数えてみたら、80~90名客が入っていた。なぜかうれしい。
昔の国鉄・京都駅1番線プラットホームと改札口付近や、以前尾道の旅で見た志賀の滞在先とか、母が奈良で教育実習で教えたことがあるという志賀の娘とか(この映画を見た彼女は、実際の妻は山本富士子より上品で、直哉も池部良よりハンサムだったといっていた)又、大山から見える中海とか大根島(だいこんじま)という地名も出てきて、個人的に親しみの持てる映画ではあった。
終った後で、ロビーで2言3言交わした女性と「5分だけ」お茶を飲むことにしたが、結局2h近くなった。このおしゃべりで元気になって、珍しく一畑百貨店で自分の為に買物をしてしまった。
→「濹東綺譚」(ぼくとうきたん) 7-12-16
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志賀直哉と言えば、上州赤城山の大沼に「焚火」の碑があって、昔、友人等とわざわざ訪ねた記憶程度です。志賀直哉は自らサインする時に「哉」の字を手抜きしていたそうです(タスキを嫌って「ノ」を付けなかった)。「焚火」の碑も手抜きのままでした。
大根島は、今朝鮮人参とか、花の栽培も盛んなようです。島を抜けた所で、迷われましたか。真直ぐ行くと、かれの実家に着きます・・・ナイショですよ。志賀直哉は、短編の名手だそうですね。何だか虫が好かぬ作家ですが、「焚火」を読んでみようかな~