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宙を飛ぶハサミ

ハサミが斜め上に一直線に飛ぶ・・・。
一体そんなことが可能だろうか?
ハサミはふつう投げると下に向かう。
握りの部分が刃より重いから。

種明かしは、両刃が外れて二枚になる構造のハサミがあったのだ。
消毒するのに便利なようにだろう、父が診察室で使うために
毎日大なべの熱湯に入れて10分くらい台所で煮沸していた光景が浮ぶ。
古くなると、自宅で利用していた。
母は闇雲にそれをつかんで、投げた時、
外れて片方は落ち、片方が飛んでいったのだろう。

私は5歳か6歳、鮮明に覚えているのは
そのために1歳か2歳の弟がけがをしたから。
彼はオムツが取れたばかりという風情で、裾広のパンツを
はき、部屋の隅の棚の上で遊んでいた。ハサミの片方が
ももの付根に当たって、少し血が出た。

これを見て父、怒る気力も湧かないのか、静かに
「子供に怪我をさせるなんて」と言う。

母は、甲高い声で
「あなたに向かって投げたんです。
あの子にもそれはわかっています」
それでも敬語を使っているのが妙だ。

父は40代半ば、母30代後半。
乳児から小学高学年まで子供が5人いる。

前後のことは忘れて、その部分だけ、ありありと思い出せる。

二人に何があったのかわからないが、
両親の最初の思い出がこれだといえば、
あなたはどう感じられるだろうか。

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
向田邦子のドラマみたい・・・ (viva jiji)
2008-10-15 15:15:33
鋭くてくっきりなんとも映画的ですね~。

ご両親とも荒れた怒号言葉でないのが
ヒタヒタと情景がこっちへ飛んで来ます。

私もその頃のような年でしたか、
似て非なる夕餉の出来事が・・・
宙を飛んだのはコンロからおろした
ばかりの熱々「ニラの卵とじ」。

やはり、ハサミのほうが
怖くて絵になりますね。(^^);
 
 
 
右脳の記憶 (Bianca)
2008-10-15 18:11:19
ひゃ~、vivajijiさん、お久し振りです!
このやばい文にコメントを有難うございます。
「映画のよう」と言われますか?右脳に残っている、思い出だからでしょう。(もうこれ以上書くことがないかも)
お宅はニラの卵とじでしたか、熱いし、食事がフイになりお腹は空くし、子供にはよほど深刻かも。しかし時代の差ですね、うちは戦後の食糧難のころで、食物を投げたりはありえませんでした。
 
 
 
Unknown (おキヨ)
2008-10-15 23:12:59
この場面をこのように冷静な文体にしてしまう作者はそうはいないと思ったらbianca様本人でしたか。
文学的描写にしびれました。

〔あなたに向かって投げたんです。あの子にもそれはわかっています〕なんとも凄みのある言葉でここ好きです。
 
 
 
日常そのもの (Bianca)
2008-10-16 12:19:16
おキヨ様
文学的と言われますか?我が家ではかなりよく見る光景でした。この時は本物でしたが、いつもは言葉の刃が飛び交っていたものです。
小説で読むならいいかもしれませんが、肉親の口から聞きたいセリフではないですね。彼女の行動はDV・児童虐待・傷害罪じゃあないでしょうか。
しかし、ここ好きですとまで言って戴いたのは、文章のせいかと思い,嬉しい限りですが、半世紀の思いを吐き出したのでもう当分こういう文は書けそうにありません 。(フゥー)
 
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