講和の言葉が目につきました。
『何かを達成しようとする一歩一歩は、同時に別のものをあきらめる一歩一歩です。』
どちらかというと今あるものに次の一歩を足していくような・・どんどん積み上げて行く
ようなイメージでいたのですが、『あきらめる一歩一歩』という言葉がとても新鮮な感じがしました。
今まで積み上げてきたものを空っぽにしてみたらどうなるのでしょうか?
少なくとも器だけはしっかりしているような感じがします。
その器に次は何を入れられるのでしょうか?
古いものに執着する事も自由ですが、あきらめて手放すことも自由にできるのです。
風が吹き込んでくるように、色々な物事が自由に出入りする。
とても自由で開放感があるのですが
いつでも『無』にもなれる奥の深さがあるのかもしれません。