ゆたかさんは、60歳代。脳血管性の病気の後遺症で、片麻痺と言語障害がある。身体は大きい。整った優しい顔立ちをしている。食事や入浴の時間に離床する以外は、ほとんどベッドで過ごされている。
ゆたかさんは、他府県の病院から来られた。どういう事情があったのかは、私にはわからない。ただ、訪ねてくる御家族は一人もいなかった。
洗濯物を片付けるため、ゆたかさんのクローゼットを開けると、古い写真や卒業アルバム、使い古したノート等が乱雑に積み上げられていた。
若々しいゆたかさんが笑顔で写っていたのは、外国語大学の卒業写真だった。
かつては商社マンで、世界中を飛び回っていた人だと聞いた。アラビア語が堪能だったらしい。でも、今は日本語すら話せない。
食事介助につくと、私の手を握りしめて離さないことがあった。時には、その手に頬擦りをしてくることも…。私はゆたかさんが愛に飢え渇いているように思えた。
何カ国語も操った人から言葉を奪うとは、神様とは時に、なんと残酷なことをなさるのか。