正さんは80歳代、男性。若い時、相撲をしていたそうだ。ガッチリした体型をしている。その頃、身体を酷使したからなのか、足や腰の痛みを訴える事が多い。特別な麻痺などはないが、加齢に伴う衰えは見られる。認知症の程度は、中程度くらい。
当初、おしゃべりが好きで、いつもニコニコお話しをしてくれたが、ここ数年の間にめっきり笑顔が見られなくなった。コロナ禍による面会制限や、認知症の進行による症状の変化のせいだろうか。
正さんは、元地方公務員で相撲部の重鎮だったそうだ。数々の戦績を上げ、所謂、スポーツ出世を果たした人だ。昔の公務員には、そういうことが時々あったらしい。そしてそれこそが、正さんの心の拠り所であり、全てだった。
話しの内容はいつだって、自分が相撲でどれほどの功績を上げたかという事と、その事で認められ出世し、時の政治家達とも丁々発止で渡り合う仕事をしてきたという自慢話。その繰り返し。
私達は、そのお話しを「わー、凄いですね!」とヨイショしながら聞く。そうすれば、いつも機嫌よく過ごされる。
奥さんは御健在だが、あまり訪ねて来られない。来ても、必要な物品を置いて、すぐ帰られる。正さんも奥さんや、その他の御家族の話しはあまりされない。元々、家族に対する興味は薄かったのかもしれない。
ところが最近、正さんの相撲話しは、めっきり少なくなってきた。もしかすると、言葉を忘れ始めているのかもしれない。以前のように、言葉がスラスラと出て来ないのだと思う。その変わり、近頃の正さんがする事は、自分が輝いていた時代の写真や雑誌、表彰状などを飾ることだ。
小さな部屋の中いっぱいに広げられた数々の戦利品。すごく執着していると思う。過去の栄光って、いつまでたっても、こんなにも忘れられないものだろうか。
正さんの人生は「何事かを成し遂げた自分」とか、「人々から賞賛され、認められた自分」というプライドに支えられている。
プライドって、何なんだろう。
強さなのか、弱さなのか、、
正さんを見ていると、私は時々わからなくなる。