いのちの煌めき

誰にだって唯一無二の物語がある。私の心に残る人々と猫の覚え書き。

文子さん

2023-04-12 03:12:00 | 日記
文子さんは80歳代、女性。透析治療を受けているが、体調はあまり良くない。身体には浮腫があり、顔色も悪い。両手は少し動かせるが、ほとんど寝たきりの状態。

文子さんは昔、水商売で生計をたてていた。バーかクラブか、そういうお店のママさんだった。
ご主人があまり頼りにならなくて、文子さんの収入だけが頼みの綱だった。そこで飲めないお酒を無理やり飲んで、結局こんな身体になってしまった、とよく嘆いていた。
風の噂では、当時の文子さんは面倒見の良い遣り手のママさんだったらしい。ホステスさんも大勢雇っていて、皆に慕われていたとか。

文子さんには、子どもさんが4人いる。長男さんと、娘さんが3人。
私には、文子さんと子どもさん達との関係が、とても印象深かった。

長男さんは50歳位だと思うが、まるで高校生の娘さんのように見える20歳前後の奥さんがいて、その奥さんが10代の時に産んだ小さな子ども(文子さんのお孫さん)がいる。この長男さんの若い奥さんは、かつて文子ママのお店で働いていたホステスさんが産んだ子どもで、親があってないような育ち方をした子だったらしい。それで、文子さんが気に掛けて何くれとなく世話をしていた。自分の家に預かって、ご飯を食べさせたり、寝かせたり、、でも、そうこうしているうちに、文子さんの長男の子どもを孕っていたという。
長男さんには、その頃、別に付き合っていた自分と同年代の恋人もいたが、結局、この若い奥さんと結婚した。ちなみに、長男さんは堅気の仕事ではない。
文子さんは「長男は私に反抗ばかりする。私がやったらいかん、と言う事ばかりするんや。ほんまにアホや」とよく言っていた。しかし、長男さんの子どもみたいな若い奥さんは、文子さんの面倒を一番しっかりみていた。

文子さんの一番下の実の娘さんも、文子さんをよく訪ねて来ていた。この末娘さんは、完全に文子さんに依存していた。
「お母さん、絶対に死なんといて、私、お母さんが死んでしまったら、生きていかれへん」と切実に訴えるように話しているのを聞いた事がある。

この末娘さんには離婚歴があり、鬱の既往歴などもあるらしい。元々、文子さんの家だった所には今、長男さん一家が住んでいる。末娘さんにとっても、そこは実家ということになるのだろうが、文子さんが施設入所した今は、当然、居づらいのだろう。結局、施設にいる文子さんの側にしか、末娘さんの居場所はなかった。しかし、この施設は、面会時間を過ぎると家族であっても、付き添うことは出来ない。夜間、施設の外に出た末娘さんが、ぼんやりと路地に佇んでいる姿を、時々お見かけしたことがある。そして翌朝、またすぐお母さんの所へやって来た。
文子さんは、この末娘さんのことを「この娘は素直ないい子で全然、私に反抗なんかしたことない、ホンマにいい子なんや」と目を細めていた。文子さんにとっての慰めの子は間違いなくこの末娘さんだった。

文子さんはゴットマザーのようだな…と私は感じた。

少なくとも、今ここに書いた3人(長男、長男の嫁、末娘)にとってのモーターの役割を果たしているのは、文子さんに違いない。

長男さんは文子さんの言葉に反抗し、反対に回ることを自分の行動のキッカケにしている。
末娘さんは長男さんとは逆で、文子さんの言葉に従順に従うことを、生きる指針にしている。
長男さんの若い奥さんは、文子さんの孫を産むことで文子さんの本当の娘になりたかったのだろう。

文子さんはもう、完全に寝たきり状態になっているけれど、文子さんという存在を中心に、今でもこの家族は文子さんの周りをクルクル回っている。
ゴットマザーからの言葉をもらうために。