ぽかぽか四国でニコニコブログ

気軽に綴れるブログをはじめてみました。

離れたくないけど・・・。

2013-10-17 22:51:38 | 日記

亡くなった父の闘病中に、母の物忘れの症状はひどくなってきていたのだが、父のことで精いっぱいだった。

彼女は、元気なころの数倍の時間をかけて、炊事、洗濯、掃除の一日の自分の仕事をこなし、懸命によく生きているのだけれど、その生活の端々に母らしくないことを見つけるのが悲しい。けれど、そんなことは気にしないことにして、愉快に二人で過ごす日々。

父がいなくなってもう80日が過ぎた。徳島にも3週間連れてきていたのだが「とてもいいところじゃけど、やっぱり知ってる人がいる宮崎で自分で暮らすのがいい」という母。あと2日で、いったん母から離れて、一人徳島に帰る。これからは、妹と二人で助け合って「母当番」をする。妹は約50km先から週に1,2回、母のところに1泊してくれることになっているが、母一人の生活が3~4日づつは続くことになる。それが4,5回あって、月に一度は私が徳島から1週間ほどやってくる。

さっき、私がいない間の母の薬を用意していたら、「毎日ちゃんと思い出して飲んでくれるかしら」と切なくなってきた。この80日間、症状はほとんど進まず、ころころよく笑って幸せそうだった母。「一人でも大丈夫」と言っているけれど、ああ、切ないな・・・。


癒し

2013-08-23 11:59:15 | 日記

息子がたびたび送ってくれる孫の夏輝の写真をPCの待機場面に設定して、開くたびににんまり!

もうハイハイしているこの頃は7か月と半分です。お母さんは仕事(内科医)に復帰して、3名だけの保育園でお世話になっています。小さいころからの夢をかなえた研修中に母親になった彼女、育児と仕事大変でしょうが、家事も育児も息子と分担し合って頑張っています。ばあばはたまに会いに行って、抱っこさせてもらうだけで楽チンですが、心から応援しています。(あたりまえか!)


無農薬は辛いけど・・・。

2013-08-22 22:02:19 | 日記

今年新しく、青木に田圃を借りました。ここは、用水組合に入って、担当の水やりさんが水を管理してくださるので、井戸を掘ってある田んぼと違って「深水」にすることで雑草をはやさないようにすることができません。

水やりさんが、「最初の一回だけでも「除草剤」を使わないとできないよ」とアドバイスしてくれました。「草ぼうぼうの田圃にはオレは水を入れたくない」そうなのです・・・。完全無農薬のお米を、今年オープンを目指す「四季芳る温泉 美郷の湯」では使いたいので、毎日朝晩の草取りをこつこつ頑張っていました。水やりさんからも「よう頑張るな」とほめられいい気になっていたのですが、犬にかまれる怪我をして1週間休み、参院選挙を4日手伝い、三好市長選挙に3日間泊まり込み、父を迎えに九州へ、としているうちに、雑草天国に。「やっぱり来年は除草剤やな」と水やりさんに言われてしまいました・・・。

8月に入って、温泉のスタッフ5人で連日早起きして頑張ったところ、隣の田圃と遜色ないくらいに、何とか稲刈りの機械が入れるかな、というくらいになったところです。

いやぁ、よかった!高越山のふもとのいいところです♪

雑草は軽トラ10杯以上!


54歳の誕生日

2013-08-18 21:44:04 | 日記

生まれて初めて父のいない誕生日となりました。

60代の後半の皮膚ガンから始まって、2度の脳梗塞、心筋梗塞とたびたびの大病を驚異的な回復力でまったくの後遺症もなく乗り越えていた父は、2011年3月11日、早期胃ガンが発覚しました。腹腔鏡手術で残した3分の1の胃と小腸のつなぎ目が狭く、癌は治っているのに食べ物をうまく消化できずに常に満腹感が得られず、食べ過ぎるとムカムカ感に苦しむ笑顔の少ない2年間でした。もともと痩せていた体形が16キロもさらに痩せていました。そんな中でも自分の足でしっかり歩き、身の回りのことを行い、西都(宮崎)の自宅と山川の私の家を11時間かけて行ったり来たりの生活によく耐え、うちの犬たちをかわいがり、二人の孫たちの結婚式と初孫・夏輝の誕生には最高の笑顔で臨んでくれました。

黒川さんの選挙の最中に夏バテ気味で食欲がないからと地元で入院した際のCT検査で胸部大動脈瘤が見つかり、「この夏を乗り切れるように」と先月26日に車で迎えに帰り、28日に二人で(最後の)西都~山川のドライブを機嫌よく過ごし、夜、笑顔でうちの旦那にあいさつした翌朝、トイレで倒れてそのまますぐに息を引き取りました。大好きな母のそばで死ねなかったことを本当に申し訳なく思いましたが「ほとんど苦しまない最高の死に方じゃよ」と旦那に言ってもらって救われました。父も最も信頼する医師に最期を見てもらって満足だったかもしれません。私の選挙のたびに応援に来た際にお世話になった徳島の方々にも見送っていただいて、亡くなる前にみなさんにあいさつしたかったのかもしれません…。

本当に幸せだった父とともにあった54年です。思えば、小さいころから今まで一度も叱られた記憶はありません。明るく楽天的で笑顔が絶えず、子煩悩で、まじめにコツコツ働くという気質は父から受け継いでいるのだということが、亡くなってみてわかったような気がします。結婚して「吉田益子」となってからの30年間も、当たり前かもしれませんがずっとずっと愛してくれました。私たち3人の姉弟妹と同じように、光朗や晴香も無条件で愛してくれた(夫がアフリカにいた時には父親代わりでした)、宮崎空港や高鍋駅でいつもいつも迎えてくれたあの笑顔にもう会えないと思う度に、まだまだ涙が出てきます。人として一番大切な「人を愛すること」を身をもって教えてくれた父がいたから、今幸せなのだと思います。

写真は旦那からのバースデー・プレゼントです。白い花の色に今の気持ちが癒されます。

 


息子の披露宴

2013-05-19 21:46:19 | 日記

息子の披露宴は、孫の夏輝と一緒に入場でした。けして「出来ちゃった婚」ではなく、プロポーズ→ご懐妊→入籍→出産→披露宴です。決め手はNHKクローズアップ現代「卵子老化の衝撃」を観たことだそうです。妻のなっちゃんが20台のうちに、と思っていたら即ご懐妊で、幸せなことですね。

小さい頃はいつも機嫌がよくて、音楽と釣りとスポーツが大好きだった息子は、聡明な優しい伴侶を得て、幸せいっぱいです。たくさんの患者さんに寄り添って、いい仕事ができますように、家族が力を合わせて歩いて行ってほしいです。