今から書くことは思い付きを集めたデタラメです。
でも、その中には真実もあるかも知れませんよ。
僕の一番好きな政治家ゴルバチョフ(ゴルビー)が亡くなった。
彼は理想を求めて突き進んで最後は自爆した。
その後を襲ったのは狂暴なプーチンだった。
二人は全く正反対だ。
片や正義の人、片や極悪人となっている。
プーチンは「ウクライナなんていう国は存在しなかった。レーニンが作った国」と言って併合に掛かっている。
確かに強大なロシア帝国の頃はウクライナはロシア領だった。
ウクライナが国家になったのは、ソ連崩壊のどさくさに紛れてだ。
今回のゴルビーの死に際して、2014年のロシアによるクリミア併合を認めたといわれ、彼の黒歴史になっている。
果たしてそうか。
クリミアは元々ロシア領だった。
ウクライナの第1書記を長く勤めたフルシチョフ首相が、ウクライナにクリミアをプレゼントしたのだ。
当時はソ連もウクライナも一緒ですから。
プーチンはそれを取り戻しにいった。
ユーゴスラビアが解体された時は、6か国が入り乱れて血で血を洗う内戦が暫く続いた。
ソ連解体の時は無血だった。
さっきも書いたが、あれだけ独立を希求していたウクライナは、どさくさに紛れてタナボタで独立できた。
ゴルバチョフの人徳のお陰で。
もっとゴルビーに感謝すべきだ。
本来ならユーゴみたいになってもおかしくなかったのに。
だから、今、30年前に起こっていたハズの独立戦争が戦われているのか。
そういう考えは残酷か。
ウクライナの人達、お気を悪くされたらご免なさい。
西側では絶大な人気を誇るゴルバチョフ(僕もその一人だが)もロシア国内では全く人気がなかった。
ソ連崩壊からプーチンが大統領になるまでの10年間のロシアは全く悲惨な状態だった。
経済が崩壊し、人々は塗炭の苦しみを味わった。
その恨みがソ連を潰したゴルビーに向かい、ロシアを再建したということで、強権的であるがプーチンは認められた。
僕は思う。
あの頃、西側諸国は共産主義に勝った(勝共?)ということに酔いしれ、敗者としてのロシアを助けようともしなかった。
それどころか、ワルシャワ条約機構は解体したのに、対抗組織のNATOは東へ東へと拡大して、プーチンの喉元まで迫った。
あの時、西側が親身になってロシア国民の窮状を助けていたら、プーチンのようなモンスターは出現しなかったのではないか。
ロシアもゴルビーが望んだような自由で民主的な国家になっていたのではないかと。
そもそも民主主義の経験のない国では元々無理だったか。
そう言えばアメリカが民主主義を植え付けようとした国で成功したのは日本くらいかな。
今から言っても詮ない話ですが。
いろいろグチャグチャ書きましたが、プーチンの侵略は絶対に認めないのが前提です。
ゴルビーの死でロシア、ウクライナのことを改めて考えました。
いろんな想念は浮かぶんですが、纏まりません。まあそれをそのまま書いたのですが、両者の関係は歴史的に地政学的に難しいですね。
ただ言えることは、こうなった以上、ウクライナは決してロシアを赦さないでしょうね。
ご意見、共感するところ大いにあります
私も同じようなことを考えていたのです。
ユーラシア大陸で暮らす多言語、多民族、複雑な歴史と政治問題は島国の単一民族には理解できないのが事実でしょう。
日本人が勧善懲悪、一方が正義で一方が悪と決めつけるほど単純ではないようです。
ウクライナには大いに同情します、でもその後ろにいる欧米が善意か悪意か、それもまた複雑です。
だがロシアの一方的な殺戮も明らかな非人道的行為です
仏教でいう「この世こそが地獄で、欲にまみれ愚行を繰り返す人間は地獄の亡者」というのは正しいと思います。