東京公演が終わった。つまり千秋楽が終わった。
たった5回の上演だったが、京都・大阪・東京と大都市を巡る贅沢な公演
だった。
京都初日以来、私は不思議に心が落ち着き、自信が甦った。シンプルに
自分らしく、とそれだけを念じて本番の舞台に立った。
「自分が変わることで、周りの景色が違って見える」
これは、一人芝居『ぼくの人生-しげるの場合』の中の、テーマを担う
台詞である。周りの反応に煽(あお)られ、自分を見失いかけていた時、
ふと「まんまの自分に自信を持て」という声が聞こえた。途端に肩の力が
抜けたのだ。
自分が正しく見えていないのに、変わることなど出来はしない。
そうだった。この10年の経験が、今の私の根底にしっかりと根付いて
いる事は、揺るぎようがないのだ。自分自身に恥ずかしくない佇(たたず)
まいへの早道は、「頑張らねば」という鎧を脱ぐことだった。
すると、周囲がいとおしいものたちで満ちていると気付いた。穏やかで
寛容な気分の中、何もかもが最善に向かっていると確信出来た。不思議だ・・・。
今回の舞台は概(おおむ)ね、私の友人たちには好評とはいえなかった。
(もちろん、面白かったよ!という声もなかったわけではないが・・・)
しかし、大変な創作舞台になるぞ、という危機感が、終盤になって、出演者
全員を異常に結束させたと言える。何が功を奏するか分からない。難しい
舞台だったからこそ、皆、まるで家族のように支え合えたのだろう。
稀有な経験だった。
終わってみて、「やっと解放された」と思うが、早や懐かしくもある。
そして「この縁はまだ続く」と感じる。
いつか、さらなる縁を得て再会することもあるだろう。あるいは、はるか
彼方へ離れ去ってゆく縁もあるだろう。
あるがままに、今この瞬間を、自分に対して美しく、シンプルに進んでゆく。
追伸: 出演者たちとの写真を載せたいのだが、私の技量では無理。被写体の
皆さんには了承を得てあるので、管理人にお願いして”六道輪廻の仲間
たち”という頁をHPに作ってもらおうと思っています。
たった5回の上演だったが、京都・大阪・東京と大都市を巡る贅沢な公演
だった。
京都初日以来、私は不思議に心が落ち着き、自信が甦った。シンプルに
自分らしく、とそれだけを念じて本番の舞台に立った。
「自分が変わることで、周りの景色が違って見える」
これは、一人芝居『ぼくの人生-しげるの場合』の中の、テーマを担う
台詞である。周りの反応に煽(あお)られ、自分を見失いかけていた時、
ふと「まんまの自分に自信を持て」という声が聞こえた。途端に肩の力が
抜けたのだ。
自分が正しく見えていないのに、変わることなど出来はしない。
そうだった。この10年の経験が、今の私の根底にしっかりと根付いて
いる事は、揺るぎようがないのだ。自分自身に恥ずかしくない佇(たたず)
まいへの早道は、「頑張らねば」という鎧を脱ぐことだった。
すると、周囲がいとおしいものたちで満ちていると気付いた。穏やかで
寛容な気分の中、何もかもが最善に向かっていると確信出来た。不思議だ・・・。
今回の舞台は概(おおむ)ね、私の友人たちには好評とはいえなかった。
(もちろん、面白かったよ!という声もなかったわけではないが・・・)
しかし、大変な創作舞台になるぞ、という危機感が、終盤になって、出演者
全員を異常に結束させたと言える。何が功を奏するか分からない。難しい
舞台だったからこそ、皆、まるで家族のように支え合えたのだろう。
稀有な経験だった。
終わってみて、「やっと解放された」と思うが、早や懐かしくもある。
そして「この縁はまだ続く」と感じる。
いつか、さらなる縁を得て再会することもあるだろう。あるいは、はるか
彼方へ離れ去ってゆく縁もあるだろう。
あるがままに、今この瞬間を、自分に対して美しく、シンプルに進んでゆく。
追伸: 出演者たちとの写真を載せたいのだが、私の技量では無理。被写体の
皆さんには了承を得てあるので、管理人にお願いして”六道輪廻の仲間
たち”という頁をHPに作ってもらおうと思っています。
早替えの手伝いをさせて頂いたのに「何も知らないド素人」ですいませんでした。
あの場で舞台のプロではないのは、自分と観客の皆さんだけでしたでしょう。
初めての経験ばかりで色々と勉強になりました。
今までは「舞台は観るモノ」が当然でしたが、「舞台を造る」ことに興味が湧いてきました。
いつか、どこかの舞台袖でお会いできたらいいですね。
P.S.餓鬼の衣装ハプニングのエピソードは爆笑させて頂きました。
ご近所へおいでの折は、是非お寄り下さい。歓待させていただきます。なかなか好い風景が有りまんねん。
ボロいけど、広い我が家で待ってます!
よろしくお願いします。