のり巻き のりのり

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虫すだく夜

2016年09月03日 | 随想

鈴虫が鳴いている。コオロギも鳴いている。
マツムシもキリギリスも鳴いている。声の区別はつかないけれどかまびすしい。

知人は言う。「いいわねえ、庭が広くってうらやましい。」 とんでもない。「草むらの中にある家でして・・」
蝶が飛びトンボが洗濯物の上を旋回する。 九月の声を聞くと一斉に虫の大合唱が始まる。

ときには玄関にもコオロギが突然の訪問者となる。
コオロギなら許せるが、○○○○なら?

作家の諏訪哲史氏が昨日の新聞に書いてた。氏は○○○○が飛び上がるほど嫌いなのだという。
それで、とつぜん遭遇した○○○○に恐怖を覚え、震えながら書いたエッセイであった。

たかだか一匹の○○○○に恐怖する男に、せせら笑うのは腰の据わった女である。
諏訪氏のご母堂がそうであったように、義母もそうだった。

義母はもともと田舎の育ちだったので、うんと生き物にはちかしいのだろう。
蚊に刺されても平気だったし、跳びはねているバッタやコオロギを素手でみごとにつかまえるのだった。

松の木にしがみついてジージーと鳴いているセミをつかんでは、自分の上着にとまらせ、
「ほうら、ブローチだ。ここで鳴け鳴け。」と言うのだった。

私の胸にセミのブローチをつけようとしたときは、「ぎゃー!やだー!」と一目散に逃げた。
町から来た若い嫁は、それ以来義母のことを「虫愛づる姫」と名付けた。

私は「虫愛づる姫」とからかって呼んだけれど、本人も息子たちもきょとんとしていた。
それで、息子たちには「虫友ばあちゃん」と呼ばせた。

40年が過ぎ、「ぎゃー!」と逃げ回っていた若嫁は、今や○○○○退治の名人である。
諏訪氏のご母堂と同じく一発しとめには自信がある。

「虫愛づる姫」にはまだ遠くおよばないけれど、虫の声に耳を傾け、懸命に聞き分けようと努力しているところだ。

さてもさても、我が家の男組は、諏訪氏同様、震えて跳びあがるのと、鳴き声が子守歌にしか聞こえない無粋な二人組である。
ジージー、キリキリ、スイッチョン、グーグー、ガオー

九月の夜半が更けていく。