例年8月15日は実家の盆行事です。
毎年右往左往しながら一日が終わりますが、
今回、初めて行事全体が時間通りにスムーズに流れ、私も余裕を持って一日を過ごせました。
記録の意味もあるので整理しておきます。
朝はお墓参りに。
今日は8時過ぎくらいに行きました。
持参するのは、お花、お団子、菓子、ろうそく(3本)、線香2巻き、お茶、お水
正面左側が、20年ほど前に、墓を移設した際に、祖先からの霊(お骨)を集めたもの、
右が、山岸豊後の塔。
読めなくなりつつありますが「塔」と彫ってあります。
以前、祖父に「墓は信濃大町にある」とお聞きしました。
左右に居並ぶのは、歴代の墓です。
原則、夫婦で1墓建立してきたようです。
これらの墓には魂は残っていないので、線香やろうそくを上げず、お参りもしません。
墓地の入り口にある馬頭観音や六地蔵は最初にお参りして、
自分の家のお墓の後には、墓地にある親戚含めすべてのお墓にお参りします。
とは言っても、山の中のことですから、13基しか残っていませんが。
さて、自宅の仏壇の様子です。
33回忌を迎えていない、位牌を並べます。
これは、住職がお経をあげる際に読むので、順に並べます。
その後、午後からの準備をして、近い親戚の家にお参りに行きます。
新盆を迎える家は必須です。
床の間の掛け軸を替える。
午後のの施食会の準備をする。
これに、小盆と割り箸1膳
忘れてはいけない住職用の座布団。
さて、午後からは菩提寺、鬼来山常法寺( 長野県北安曇郡小谷村北小谷来馬) に伺います。
たまには、山門から行こうと上がっていったら、
護持役員の松澤さんとばったり会いました。
お互いに写真を撮りあって。
13時15分から施食会が始まり14時くらいに終了しました。
読経後、新盆を迎える方から焼香、総代・護持役員はじめ参列者の焼香、住職の法話があり、新盆の家に塔婆が渡されます。
今日は施食会の最中から雨が降り始めました。
父の最後の句です。亡くなるひと月ほど前に詠んだ句で、その年は6月に弟を亡くしていました。
思えば、当時父はまだ元気で施食会にも出ていましたが、自分の死を予感するものがあったのかもしれません。
大所に帰り、15時くらいに住職が到着、当家で読経の後に、15時半からの「御堂」で施食会。
また、当家に戻って、しばらくお茶を飲みながらお話し、17時くらいにお帰りになられました。
しきたりで、以前は当家でお食事をとっていただいてましたが、最近は飲酒運転もまずいですし、
私も当日中には長岡まで戻りますので、数年前から、住職のご家族分のオードブルやお寿司をお持ち帰りいただくようにしています。
毎年お盆の行事になるとオヤジを思い出します。