山南ノート4【劇団夢桟敷】

山南ノート4冊目(2008.10.3~)
劇団夢桟敷の活動や個人のことなどのメモとして公開中。

建国記念の日だって

2015-02-11 17:23:10 | モノローグ【エトセトラ】
今日は建国記念の日。
「建国をしのび、国を愛する心を養う。」国民の祝日として、1966年に加えられ、翌1967年2月11日から適用された。
その頃、私は中学生だった。1964年の東京オリンピックで愛国心が盛り上がった直後の記念日である。
安保ー沖縄闘争を巡る学生や労働運動の大きなうねりが巻き起こっていた。ベトナム反戦も世界中でデモが行われていた頃だった。
時の総理は佐藤栄作。私は中学生ながら「エイちゃん。」と呼び、総理を蔑んで見ていた。この頃からエライ人を嫌うようになった。いわゆる反抗期の始まりだった。
家族=国家へ反旗を!である。父性権力を批判するようになった。
セックスにも関心が高まった。愛である。アイデアルという折りたたみ式傘が飛ぶように売れていた日本の高度経済真っ只中。
郷土(山口県)おらが村のソーリ大臣はアイ、ァム、ソーリーである。
後にエイちゃんはノーベル平和賞をもらったのだから「ガチョーン!」「シェーッ!」が染み渡った。世界観がギャグとナンセンスに満ちあふれた。
米ソ(ソは現ロシア)代理戦争、アジアの反共産主義の砦となるべきニッポンの役割が再編されていく時代だった。
改憲の案も露骨に出てきた。自衛隊を軍として機能できるようにしたいとエイちゃんは言っていた。
子どもながら、私は自衛隊は憲法9条に違反していると発言していた。
父親から夕食時、お膳をひっくり返されたこともあった。
「お前はクズだ。アカだ。この家から出て行け!」と言われた。母親は泣きながら散らばったオカズやご飯を片付けていた。
「建国の日」って何よ?・・・「それは恐れ多くも第一代神武天皇が即位された日」と父は語った。大日本帝国時代は「紀元節」として建国祭が全国的に催されていた。
日本書紀に神武天皇は記されているが、実在していたのかどうか歴史では疑わしい。天皇起源説として中国や朝鮮半島から渡来してきた説もある。
単一ヤマト民族は崩壊する。皇国史観はコペルニクス的展開でなければならない。
元号で日本の歴史は数えられる。西暦2015年は皇紀2675年にあたる。
ニッポンが国家として生まれたのは、ホントーはいつなのでしょう?その前に「国家論」が必要だと思います。権力の変遷や人が人を支配してきた史観が。
言うに及ばず、歴史は繰り返される。ネガティブな戦争によって対立する権力は世界支配を目指す。正義や愛国心、人道や平和も語られますよ。綺麗なことばによって踊らないようにしなければなりません。
今日も日の丸をはためきながら、ここ熊本でも「建国」を祝っているのだから私の肛門からピーピーシャッシャと流れるではありませんか。
シュッシュポッポと次回公演の台本「ねじ式」に取り掛かりました。
このネジは右に回すと開くのですか、左に回すと開くのですか。
ラストの場面ではモーターボートのエンジンに血管(チューブ)が繋がっている。
血だ。つげ義春の「紅い花」も血の花だった。

演劇ワークショップのお知らせ!
2月13日(金)午後6時ー9時半
亀井公民館
(熊本電鉄亀井駅裏・亀井神社前)

次回の透明人間三部作完結編は、
「ねじ式~つげ義春の世界」
■熊本公演
5月29日(金)30日(土)熊本市中央区河原町2ギャラリーADO
■札幌公演
6月6日(土)7日(日)札幌市中央区南4西9 栄輪ビルB1 風蝕異人街
になります。