写真日誌

気ままなフォトスケッチです。

  観泉寺

2011年03月29日 | 神社・仏閣
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観泉寺

今川氏は、室町時代・戦国時代は駿河国(現静岡県)などを治めた一大大名であったが、
桶狭間の戦いで今川義元が織田信長に敗れたのち没落した。
義元の子今川氏真は徳川家康の庇護を受けて京などで暮らし、慶長19年(1614年)に江戸で没した。
氏真の嫡孫今川直房は高家として江戸幕府に仕え、朝廷との交渉の功績によって正保2年(1645年)に
徳川家光から当地(井草村)を含む新たな知行地を与えられた。
以後、当地は幕末まで今川家一円知行の所領として続くことになる。
江戸時代の観泉寺は、今川氏の知行地支配の拠点でもあり、
領民からの年貢の取立てや裁判なども寺の門前で行われていた。
今川氏は明治時代に断絶したが、現在の当地の地名『今川』の由来となっている。

                    (Wikipedia より)

因みに当山の住所は、東京都杉並区今川2丁目です。


  


本堂
  


観音堂と鐘楼
  


馬酔木、枝垂桜、竹林
  

満開の枝垂桜は掲載します。







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