琉球各地に古くから伝わる民話、自然の異変、百姓の善行など、口碑伝説を集めた「遺老説伝(いろうせつでん)」という書物があります。4巻(正巻3巻・付巻1巻)からなっており、142話が収録されています。
これは1743年から1745年にかけて編纂された「球陽」の外巻となっていますが、「遺老伝説」の方は少し早く18世紀初期に編纂されたものとみられているそうです。
この「遺老伝説」の中に、なんと沖永良部島について書かれているものがありました。その話は110話に収録されています。
伝承の内容は沖永良部島をメインにした話ではなく、喜屋武間切の束辺名村(つかへなむら)に奥間里之子(おくまさとのし)という武芸が優れた若者がいて、彼のエピソードについて書かれているのですが、その中に驚きの内容がありました。
「時の王が、与論と永良部の二島を征服しようとした時、奥間里之子も軍に加わって、勇ましく出征することになった。」
里之子とは第2尚氏3代目の尚真王(在位1476年 - 1526年) の時に制定された階級といわれ、一般士族にあたります。その士族の1人であった奥間里之子という人物が、与論と永良部を時の王が征服しようとしたときに、軍に加わったというのです。
与論と沖永良部の征服とは、いったいどういうことなのでしょうか。
一般的に伝わる伝承から見ると、琉球の第1尚氏が三山を統一をした1429年以降は、1609年の薩摩侵攻までの約200年間は沖永良部や与論はずっと第1・第2尚氏の琉球王によって統治されていたという認識です。
当家に伝わる伝承でも、北山王の二男であったご先祖様が中山からの和睦の船を軍船だと勘違いし自害してしまったあとに、徳之島に避難していた次男が帰島し、中山王(第1尚氏)の命のもと代々島役人の大屋子として島を統治していたということです。
第1・第2尚氏時代の約200年間は、琉球王国の統治下にあり平和な時間が流れていたと思われていますが、時の王が軍をあげて征服に向かったとは、どういうことなのでしょう。
この時の王ですが、いったいどの時代で誰であったのか。
まず考えられるのは、階級を制定した尚真王以降の時代のことなのではないかということです。「奥間里之子」という人物の呼び方を見ると、北山時代に中山がやってきた時の話ではないと思うのです。
尚真王の時代には、以前にも書きましたが奄美地方の統治のために大島や喜界島の遠征に出向いたことや、一族の者を島の統治のために役人として派遣していたという話がありますので、この頃の話なのではないかと思われるのです。
もう1つ考えられるのが、尚真王の次の王である尚清王の時です。前王の尚真王の時代にいったんは奄美地方は琉球の統治となっていましたが、次の尚清王の時に奄美大島で反乱の騒動があり、1537年に琉球軍が奄美大島の与湾大親を討つといったことがありました。そしてその2年後の1539年に奄美諸島を統括する初めての職である自奥渡上之捌理に毛盛實を任命しています。
これらの流れからみると、遺老伝説の中で語られている与論と沖永良部への征服は、尚真王か尚清王の時代1477~1539年の間の出来事だったではないかと考察するのです。
そう考えると、三山が統一されて以降の沖永良部や与論は、しばらくの間は完全な体制で琉球に統治されていなかった可能性があります。軍を向けるということは反逆があったと考えられるので、島にいた有力な豪族が抵抗していた可能性があります。
北山が滅亡してすぐに、今帰仁城には護佐丸が配置されしばらく北山守護として琉球の北部地方や奄美地方を監視していたといいます。護佐丸が城を築く際にも奄美の島々から農民を集めたということですが、その後の第1尚氏の尚巴志王の二男であった尚忠が初代の北山監守になって以降も、恐らくは奄美地方を統括していたのではないかとは思うのですが、この北山監守との接点は見えてきません。
しかも北山監守が廃止されたのは1665年ですから、1539年に奄美諸島を統括する初めての職である自奥渡上之捌理に毛盛實が任命されたのは北山監守がまだ存続していた頃です。
琉球本土の北部地方の監視も大変で、奄美地方は手薄になり反逆などが起こるので専任職をつけたということでしょうか。
遺老伝説はあくまで伝説であって史実ではありません。しかし、与論や沖永良部にゆかりがあるわけではないと思われる人物の話として、時の王が征服に行ったなどということが語られていることは、そこには何らかの事実があったのかもしれません。
琉球軍が征服に行ったことがもし事実であったとして、それが考察のように1477~1539年頃であったとすれば、おもろに盛んに謡われている永良部の世之主が勢力を持っていたのかもしれません。
なかなか見えない沖永良部のその時代の歴史、遺老伝説から1つの仮説ができあれこれ考えてみました。
これを裏付ける何か資料が出てくれば面白いですね。