非才無才の雄叫び

つぶやくこと、叫ぶこと、すべてボケ防止だ!

東日本大震災 曽野綾子氏へのおもしろ批判選集・追補あり

2011-09-17 10:14:53 | 日記
東日本大震災 曽野綾子氏の産経新聞「透明な歳月の光」の怪
東日本大震災 曽野綾子氏と読売新聞の「税と安心」
東日本大震災 曽野綾子氏と読売新聞「編集手帳」

先だっては誤ってまだ公開するようにはなっていないものを公開
してしまって大変ご迷惑をおかけしました。お詫びいたします。
夫がネットからの資料収集中だったのを勘違いして公開して申し訳あり
ませんでした。重ねてお詫びいたします。
 
 東日本大震災と曽野綾子氏の名前でネットを検索することが、いつの間
にか日課になっている。大震災になって曽野綾子氏の記事をネットで探
しているときに、ひょいと2chの「文学板」というのを覗いてみた。
曽野綾子氏の書き込みは限度一杯の1000個の書き込みがあり、覗いた
「曽野綾子板」はパート4に及ぶロングランになっている。中は罵詈雑
言誹謗中傷の読むに耐えないものもあるが、すべてを読んでしまいた
い程の熱気があり切実な訴えもある。中には、先のブログで書いたよう
に「哲学教室に最初に入ったかのような驚きがある。」そういう書き込
みもあって楽しかった。その中でこれはと思うものを以下に紹介したい。
【みんなのあこがれ】曽野綾子スレ3【才女】その他の2chの文学板
ー「才女を超えて」という曽野綾子氏のエッセイについてー
○「超えて」というから 才女どころじゃない、もっと上なのよ、あた
しゃ って心意気だね。謙虚の気配もないですねえ。
○少なくとも本人が了承したタイトルでしょ。
○まあしかし、現代の読者はその事実をよく知らない
(曾野綾子が“才女”の代名詞のように呼ばれていたこと)
○そしてその事実はそれほど世の中的には浸透していなかったというこ
とと曾野さんの自意識過剰ぶりは変わらないと思うけどね
○枕言葉にせよ何にせよ、自分で言ったら滑稽な言葉だって事に変わり
はない。
○編集者が考えたからなんなんだよ?
○それを拒否出来ないほど曽野の立場が弱いとも思えない。どっちにし
ろ片腹痛いんだよこの×××の自意識はさ。
(当方のコメント:アイロニィを込めて言うならば「才女時代」
の片割れ有吉佐和子に「有吉を越えたわよ」)

ー他のコラムについてー
○ホームレスをやるのとホームレスを見るのとはまるで別の行為。曽野
綾子の図々しい所はすごい世界をいろいろと見てきたと、すごい世界で
自分が生きていたってのをあえてない交ぜにして駄文を書くところ
○結局、このばあさんの言ってるのは「上を見るな、下を見て現状に満
足しろ」ってのをひたすら繰り返してるだけだからな
○産経新聞を読んだが、自殺願望のあるひとは断食をしてみてはどうか
と書いていた、このひと。自身が目を悪くしたことがあって、自殺願望
をもったことを例にとり(按摩になれば作家をやめても食っていけると
思っていたそうだがw)、そのときに人に誘われてトルコを旅し、腹が
へってそのことばかりが気になって、自殺願望を忘れていたことがあっ
たからだと。ひとの自殺願望もその程度のものだと思っているらしい。
○何でもいいから実際のデータを持ってこい。論拠が空想と人生訓しか
ないような説教はブログでやれ。
ーエッセイ「日本財団9年半の日々」ー
「会長になる時に私が出した唯一の条件は、『無給である』というこ
とでした。それを日本財団に申し入れたら、笑われます。「財団では、
株式会社の定款(ていかん)に当たる『寄付行為』の24条に、会長は
もともと無給であることが明記されているんだそうです。つまり、前
会長の笹川良一さんも無給だった」
(当方のコメント:氏は会長になるまでは財団の非常勤理事をして
いたので会長職が無給の名誉職であることを知らぬはずはない。
まして笹川良一氏は日本船舶振興会(現日本財団)の会長の他、
全国モーターボート競走会の会長等いくつかの財団の役員を兼
務していたはず。「無給」を強調したいための虚言に等しい。)

○小説として読むと評論だし、評論として読もうとすると作り話みた
いだし、すっきり感は得られない
○自称保守らしいが東洋的でも日本的でもない。だからと言って西洋
文明、文化に対する造詣が深い訳でもない。その時代その時代の時流
に合わせたアンチ革新の言論をしてきただけ。ただアンチだから、革
新勢力がほぼ絶滅したような状況下ではもう書く意義もなくなりつつ
ある。
○小説にいたっては作者の独自性が無い。特ににプロットの単純さに
おいては中高生の文芸部でもざらに書けるのではないかという平凡さ
が特徴。こんな所ですかねー。
○今日のサンケイ読んだら、大相撲だとか作家だとかは世間の倫理と
はずれた世界に生きているのだから世間の倫理で判断するな旨のコラ
ムが載ってた。倫理的に優れていても作品がつまらない作家じゃ駄目
だ。とか、発言の裏の深い含蓄が読み取れないと駄目だとか。まあ大
相撲と石原慎太郎と自分を擁護しているような文章だったな。
○ジャーナリストでもないのに知ったかぶるからな。ジャーナリズム
はジャーナリストの仕事だっつーの。作家ならクオリティーの高い作
品を発表し続けなさいと言いたい。
○狙いとしては過度なアファーマティブ・アクションに対する異議申
し立てにあるわけなんだけど、言い方に芸がないから単なる差
別的言辞や自慢話
としか受け取られないの。
ー「弱者が強者を駆逐する時代、 オバマの血」ー
『オバマの血の中に半分流れている黒人の血が、どのような効果をも
たらすのか、私は非常に興味がある。日本の多くの人たちが、アメリ
カは多民族国家だから白い人、黒い人、黄色い人もいて、それらの肌
の色はアメリカ人としてすべて組み込まれ、平等の意識の元に理性的
な統一がなされるだろう、と思い込むかもしれない。しかしオバマの
黒人としての自覚は、決してそんなに簡単なものではないだろう。』
○さんざんアフリカ諸国を回ってきて世界を知ってるなんて豪語して
いるお方が "黒人"ねぇ。アフリカ諸国の文化風習の差異並びにネイテ
ィブ言語のそれはヨーロッパ諸国のそれを凌駕するぞ?一括りに黒人
て100年前の知識しかねえんだな。現地行ってたくせに何を見てき
たんだこいつは
○神の前で人間は平等だ、と言うのはわかるが、神の前で人間は同等
のレベルで思考すると、曽野氏は考えて居る。

○こういう時に自分の備え並べ立てて得々と自慢する。あげく見開き
2ペ-ジのスペースで被災された方々への思いは何一つ述べられるこ
とが無い。ただ、日本人は備えが甘かったという。じゃあ、この方は
コンロだの水だの備蓄してるからいきなり津波が襲っても平気だとい
うんだろうか。
○読み取れるのはこの人の現代日本人への憎悪のようなものと、自己
愛(自慢)のみ。
○そりゃ神奈川にいたら慌てないでしょうね。子供に笑われるよホン
ト。震度7の地域にいた人が慌ててるように見えるのですか? 慌てる
暇も無いですよw
○ただ、この人はいくら批判しても、一種の無誤主義みたいな精神状
態だから自分を批判するものがたとえ一億人に及ぼうと自分はただし
いと考えるんだろうな。批判されればされるほど、殉教者のような恍
惚を覚えたりして(笑
○まあ、私はこんなに不幸な生まれでこんなに苦労してきたんだ。お
前らは苦労が足りない。って、何十年もそう言うメンタリティーでや
ってきてるんだろ。もう神経回路が硬直化していて死ななきゃ治らな
い状態なんだろうよ
○そうだね。女性的と言うと問題かもしれないけど、なにか狭い世界
で物事を判断してる、わるい意味で主婦の世界のような。自分の体験
の範囲、それと自分が接しえた範囲の人間の意見だけがベースになっ
ていて、ぜんぜん勉強してない。
○災害に際しても、自分のサハラの経験を振り回して寸豪も疑うこと
が無い。新しい現実を認めない、今ある現実を見て物事を考えようと
しないわけだ。
○齢を取ると小説的な文章を書くのが億劫になる。というかもう書け
なくなる。しかし世間一般の話をどうのこうのは死ぬまで言える。
ただそれは自分の世界観・人間観で語るわけで、その世界観が薄っぺ
らで人間観には頷けないと思う人たちには聞くに耐えないものだ、と
なる。それでも語る。聞くに耐えないという人たちはバカな人たちだ
から、と。
○この人の目には被災しながらがんばってる消防団員や現地の人、家
族を亡くしても未来に向けて頑張ろうとしてる若い人なんて見えてな
いんだろうか。
○国を信用するのが甘いとか、自分は自分で防衛するのがあたりまえ
だとか、これ、国家とか社会の仕組みの基本を完全にぶっ飛ばした思
想だけど、自分の主張してることが何を意味することになるか自分で
理解していないのが決定的にヤバイ。
○「私はあまりにも多くを聖書から得ました」普通“あまりにも”は
否定的文脈で使われるから、聖書なんて真面目に読むな、の意味なの
かな?
○曽野先生に希望するのは、こういう話を『WILL』のような雑誌
の誌上でなく、現地に出向いて、そこの避難民や、悩む中小企業経営
者、農業経営者、将来不安な若者たちの前でしゃべって、ぜひ元気付
けてもらいたいですな。
○家も家族も流され、身一つで逃げるのが精一杯だった被災者に、
「避難する時、食料は自分で持って来るのが世界の当然だ」頭おかし
いでしょ、大先生。それは新潟中越沖地震の際の放言だという事を差
し引いても頭おかしいですよね。
○曽野に指摘されなくても、瓦礫の中で木材を集めて簡易風呂を炊い
て 入っている被災者たちがいた。(4月16日)海外のメディアが
驚いたそうだ。
○まぁ天変地異が起き異常が持続する世の中になると鬼面人を脅すよ
うな言説を弄する「異常人間」が跋扈するようになる。彼女もその類
だ。曽野綾子「電気が消えた時点で、民主主義というものは停止する
んです。公平も平等も機能しないんです。それがわかっていない。」
何を言いたいのかわからん! 理解不能なことをおっしゃる。
○停電時には普段と違った規律が必要だと言うのなら、今回の日本人
の東北や関東の被災者の行動は、世界で模範となるようなものだった
ろ? 合格点だ。曽野氏は「民主主義」を自分勝手主義と解釈してい
るのかね?そうなら、「民主主義」を抑制した日本人は適切な行動を
とっていたように思う。
○非常時にも秩序を失わなかった、被災地の方への侮辱だ
○電気が消えても民主主義は続くが、放射能が舞う中では、民主主義
は危うくなる。
○金のある者はより安全な場所に身を移し、貧しい者は避難できない
まま死ぬ。人の命を分ける不平等が姿を顕す。
○サンケイ新聞は、この人を高く評価しているんだね。いつも読むと
思うのだが、もう少し理詰めに意見を書いてもらいたい
○曽野は一度、避難所の硬い床で寝てみたらいい。 今度の避難で2ヶ
月も床に寝て背中に床ずれができて苦しんでいる人が多い。高齢だと
それで「じょくそう」になって命にかかわるようになる。
○IAEAの事務次長を務めたスイスの原子力工学専門家ブルーノ・
ペロード氏がサンケイ新聞のインタビューに応じ、福島第1原発の事
故について,『東京電力は20年前に電源や水源の多様化、原子炉格
納容器と建屋の強化、水素爆発を防ぐための水素再結合器の設置など
を助言されていたのに耳を貸さなかった』と述べ、『天災というより
東電が招いた人災だ』と批判した。(東電に責任はないと言った曽野
綾子氏に対し)
○関東大震災の時に、被服廠跡地というかなり広い避難場所に逃げた
人々が、後に火に包まれて大勢焼け死んだ。なんでそんなことが起こ
ったのかと思ったら、避難民が大量の家財道具(それこそ布団とか)
を持ち込んだことが一因らしいのです。荷物が可燃物になってしまっ
たのです。災害の際は基本的に身一つで逃げよ、自分だけでなく他
人の命まで危うくするから…という教訓と受け取りました。( 曽野綾
子氏がコラムで被災者に向かって、毛布や布団を担いで避難するのは
当たり前だと発言したことに反論したもの)
○ネットがなくて朝日的な理想主義が主流だった時代には、こういう
極論を言う評論家も必要だった。この人の問題は、歴史的な役割が終
わったのに、同じ意見を言っていること
○他人の真の事情は(知りようが無いし)わからない分、他人の事は
一刀両断、情け容赦も配慮もなくぶった斬る傾向はあった。
○冷静に考えてみて片手落ちの論理だよ。東電に対して「想定外だか
ら仕方がない」といいながら普通に暮らしていた人に対して「想定外
でもちゃんとしろ」被災者の何がそんなに勘に触ったのかね?
○ほとんどの被災者は若者は年寄りを年寄りは子供たちを庇いながら
限界まで寒さと恐怖に耐えていたよね。もしかして東電の社長を土下
座させたプロ市民の釣り餌に食い付いちゃったとか?いつも何かに怒
ってないと死んじゃうのかな?
○一昨年くらいに教育TVで見た曽野綾子先生は、ものすごく大きな垂
れさがるイアリングをなさっていて派手なプリントの服。言葉は悪い
けど、場末のバーのママみたいだった。年齢を重ねると、内面は外見
にあらわれてくる、という言葉を胸に刻んだ
○「ロバが旅に出ても 馬になって帰ってくることはない」っていう
外国のことわざがあるけど冷酷なナルシストが、他人の金を使ってど
んなに慈善活動をしたところで、ごくごくわずかな慈悲の心さえも持
てないのね。
○読売の時代の考証だったけね?自伝のひどかったね。若かりし頃の
美人写真載せまくって朱門と結婚して子供が産まれた時もし生活して
いけなかったら真剣にバキムュームカーの運転手になろうかと思って
たって。聖心出たお嬢様に周りがそんなことさせるわけないし自分も
いざとなったらできもしない癖に下碑ユーモアとるつもりで言ってる
としか見えず今回も福島の作業に行くはずもないのになんて碑しい根
性の持ち主だろう。バキュームカーの運転手をどこまでバカにしてい
るんだろう。読売に抗議してやったけどこのおばさんの品性下劣さは
ヘドが出る。
○この人は、たぶんDV家庭育ちだからだろうけど、人の気を引くよ
うなテーマの小説を書いたり、人の気を引くような事を言うのはうま
いんだよ。奥になにかがありそうに思わせるのがすごくうまい。実際
は自慢とかくらいしか無いんだけどね。
○保守派ということで今まで批判したくなかったけれど今回の発言、
これはだめだ。底が見えた。ついでに言うと小説がつまらない。
文学的な満足感も得られないしエンタメでもないし中途半端で毒にも
薬にもならない。
○曽野先生の本何冊か読んだけど、独特なアイディアなんかがあって
すごいと思ったけど、残念ながらすべてに論理がない。
     
  以上です。いかがでしたか?

<追補>
○今は昔。およそ40年前に中学校のPTAで教育について勉強しようと
曽野綾子の本の読書会が催された。あらかじめ決められた本を読む
ことになった。読んだ人の感想「ありきたりのことしか書いてない。
別に読む必要はなかった。」・・・言ったのは義務教育のみ修了・昭和
ひとケタ生まれのうちの母。
○自分は大学・社会人時代を通じて曽野綾子の小説・エッセイを読み 
面白いと思い またその主張に賛同した期間があった。疑問に思っ
たのは「二次方程式の解の公式不要論」「学校で奉仕活動導入論」
あたりから。小説家の韜晦を真に受けてはいけないんだ、と気がつ
いた。小説も主題はわかるけど、文章に魅力を覚えなくなり読まな
くなった。小説家としての力量はあまりないのではと感じた。でも
まだ「曽野綾子は知識人だから、凡人にない発想で人々を鼓舞でき
る部分がある」と思っていた。
そして今年WILL5月号の渡部昇一との対談。災害後の日本に対する
展望にヒントが得られるだろうと思って読み始めたらどんどん気持
ちが悪くなり、読後雑誌をすぐに捨ててしまった。現在の感想 曽
野綾子は小説家としても文化人としても耐用年数は過ぎている。

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東日本大震災 曽野綾子氏の間違いだらけの文章作法

2011-09-17 10:05:57 | 日記
東日本大震災 曽野綾子氏の産経新聞「透明な歳月の光」の怪
東日本大震災 曽野綾子氏と読売新聞の「税と安心」
東日本大震災 曽野綾子氏と文芸春秋「日本はどこで間違えたか」
曾野綾子の「生活保護受給者」攻撃と「自殺のすすめ」
東日本大震災から約半年。曽野綾子さんをはじめとした何人か
の有名な方々の被災者に対する心無い発言に夫の苛立ちは募るばか
りで、少々心配になってきました。


 当ブログのこの記事は過去4度、webサイトから削除を受けた。こ
の記事のタイトルが上位表示されるのをなんとしても阻止したいよ
うだ。(埼玉不動産仲介手数料ゼロ無料メディアエステート社長の日
記のタイトルでもご覧になれます。)その度に固有のキーワードをな
くして他の文言に変えたりして公開し続けている。曽野綾子氏側も
沽券に関わる内容なので必死なのだろう。自らの生命線に関わるこ
とはどうも我慢がならないようだ。これで少しは被災者の心の痛み
が解ってくれれば良いが・・・。
 
 東日本大震災・曽野綾子をキーワードにネットの世界を彷徨ううち
に宇佐美 保という方のブログに出会った。氏のブログを見渡すと多
岐に亘っての評論が氏の博学多識を物語っている。その中で「こんな
事でよいのでしょうか?」の評論集の中に「復興は平和の礎(曽野綾
子氏と石原慎太郎氏)」と題した評論があり週刊ポストに掲載された
曽野綾子氏のコラムが全文掲載されていたので読む機会を得た。宇佐
美 保氏に感謝したい。(曽野綾子で検索のコラム全文をWEBから削除
した模様)※宇佐美保氏のブログ「宇佐美保の世界へようこそ」

さて、この記事は当ブログで紹介した「曽野綾子氏へのおもしろ批判
選集」の中のレスで告発されていたものだ。
 ○こういう時に自分の備え並べ立てて得々と自慢する。あげく見開き
2ペ-ジのスペースで被災された方々への思いは何一つ述べられるこ
とが無い。ただ、日本人は備えが甘かったという。じゃあ、この方は
コンロだの水だの備蓄してるからいきなり津波が襲っても平気だとい
うんだろうか。
○読み取れるのはこの人の現代日本人への憎悪のようなものと、自己
愛(自慢)のみ。
○そりゃ神奈川にいたら慌てないでしょうね。子供に笑われるよホン
ト。震度7の地域にいた人が慌ててるように見えるのですか? 慌てる
暇も無いですよw
○災害に際しても、自分のサハラの経験を振り回して寸豪も疑うこと
が無い。新しい現実を認めない、今ある現実を見て物事を考えようと
しないわけだ

 まず冒頭。「二〇一一年三月十一日午後二時四十六分に起きた
地震が、近年落ち込んでいると言われる日本の凋落に、決定的な追い
打ちをかけるか、それとも、長い間の物心両面の沈滞を打破するきっ
かけになるか、というと、私は後者に望みを託したいと感じている
。」
のっけからこの悪文。「落ち込んでいると言われる日本の凋落に」?
何を言っているのですか?文章になっていないではないか。「凋落」と
いう言葉は平たく言えば「落ち込んでいる」という意味ではないです
か。同義語を重ねて何を表現したいのですか?この場合「落ち込んで
いる」は「凋落」に対する修飾語でしかないので同義語を重ねるのは
適当ではない。通常は「近年落ち込んでいる日本の鉱工業生産」とか
言ったりしているが曽野綾子氏の文章であれば「近年、凋落傾向にあ
る日本の現状に、決定的な追い打ちをかけるか」という表現ならまだ
しも、これはもう論外というしかない。曽野氏くらいの文壇の「大御
所」で「文化功労者」に週刊ポストの編集者もさすがに怖くて添削
なんてできないのだろう。なんという無様!
大先生!もう筆を折る時期ではないのですか?

・・ま、このままでは話が途切れてしまうので先に進めるしかないが、
さて前者の「日本の凋落」に対して後者は「物心両面の沈滞」?こうい
う二者択一の手法もあるのかな?「日本の凋落」という場合、諸外国と
比較した日本国の政治・経済を含めた全般の状況を表すのに対し、「
物心両面の沈滞」とはここでは「日本国民の物理的精神的な状態」を
表している言葉と理解するのが順当であろう。しかし、「日本の凋落」
と国民の「物心両面の沈滞」?の状況は本来、表裏一体のはずなので、
こういう事象の比較や選択手法は普通取らないのではないか。ただ曽
野綾子氏が敢えて分けたところに氏の意図するものがあるのかもしれ
ない。そこで国民の「物心両面の沈滞」?状況とはどういうことかと
考えざるをえなくなる。「物心両面の沈滞」?をそのまま語訳すれば
「物が滞って物が入ってこない、一方心はそのために沈みがちである。
あるいは沈んでいる」とならないか?普通「物心両面」とくれば「物
心両面に亘って支える」とかは良く使われているが曽野綾子氏の場合
はこれが普通の表現ですか?だから「物心両面の沈滞」という言葉は
何を言いたいのか解らなくなる。
氏はなんとなくそう思って書いた
だけですよね、きっと! 要は以前から記述しておられる国民の「甘やか
された
」状況と言いたいのでしょう?ところがその言葉で相当の反発を
受けたので今回は「物心両面の沈滞」?としたのではないのですか?そ
れだったら最初から相変わらずの「甘やかされた状況」と言った方が
解りやすいのですが・・・。ともあれ次の記述。「理由は、日本人がそ
れに耐えうる国民だからだ。長い間の教育(人格形成の部分では、日
教組的な思考の影響をかなり受けて荒廃したが)と、一九四五年以来
疑いた続いた平和のおかげで、日本には地道な国力もついているから
である
もっともらしい言い方に聞こえるがよく読むとなんだかすっき
りしない。「日本人がそれに耐えうる」?つまり「それ」とは「長い間の物
心両面の沈滞を打破する」こと?そしてそれに「耐えうる国民」?前段が
意味不明なだけになおさらすっきりしない。以前のように「甘やか
された状況を打破する」ことに「耐えうる国民」の方が分かりやすい
し少しはすっきりする。しかし、その後の「長い間の教育と・・・」とい
うことと先に述べられた「長い間の『物心両面の沈滞』」とはどうい
う整合性
があるのですか?説明できないでしょう。「長い間の物心両
面の沈滞」状況の中での「長い間の教育」のおかげで「地道な国力も
ついている」から「日本人がそれに耐えうる国民」になったと繋げるの
でしょうか?繋がらないでしょう。こういうと氏の言葉「発言の裏の深い
含蓄が読み取れないと駄目だ
」と仰るでしょうね。
さらに「長い間の教育」で「地道な国力もついている」。特に書く必
要もない文章ではないか。「長い間の・・・」とはいつ頃からのこと
なのか?明治以来のことなのか?それとも終戦後ということなのか?
「明治以来」に決まっているだろうというのであれば、明治以来のど
のような教育でという表現をしないから漠とした印象を与えてしまう。
「長い間の教育」というのはどの国にもあることだ。それで「地道な
国力」?何を言うのですか?戦後の廃墟の中から奇跡的な復興を遂げて、
ついこの間までは世界第二位の経済大国にまで上り詰めたというのに
「地道な国力」?ではないでしょう。「国力」というのは経済力だけで
はなく軍事力なども含めたものになるので自衛隊のことが曽野氏の念
頭にあるのですか?それであれば、そりゃわが国の軍事力は地道です
よ。どうですか?解釈しようのない支離滅裂の文章ということですよ。
それと言わせて頂ければ「物心両面の沈滞」(甘やかされたと言い換
えることができるならば)を打破するなんて、おおげさですよ。そんなこ
とは日本人にとって造作もないこと。もう少し自分の国の国民を良く
見てください。なにしろ終戦前後は空襲のほかにいくつかの大地震に
見舞われた中から復興してきたのですから・・・。
 いずれにしても、芥川賞の候補者になった「作家」で国の教育改革
国民会議の委員をなさり「文化功労者」で最近は「老いの才覚」で
ベストセラー作家の曽野綾子先生の文章に「限りなく非才・無才
の勉強のできない」代表格の当方が筆を加えざるを得ないなんて
情けないかぎりだ
。曽野綾子氏の文章は真剣に読む類のものでは
なく、なんとなくという感じで読むか斜め読みしかないでしょう、これで
は。どうなっているのですか?芥川賞の候補になってから文章力を高
める修行や研鑽に励んでいたのではないのですか?「作家」としての
修行を疎かにしておいて被災者には
甘えるな」ですか?虫が良す
ぎますよ。これでは明らかに売文家と言われても言い訳もできない
でしょう。とにかくこれ以上、世間を騒がすのを止めて一日も早く筆を
折った方が良いのではないのですか?

嗚呼なんと「文化功労者」が
この程度とは・・・・
背筋が寒くなる想いだ。
我が国の「国力」の低下を
目の当たりにしたような
気分で実に哀しい。
曽野綾子氏よ、「文化功労者」を
早く返上して筆を折り給え
・・・だそうです。


※この週刊ポストに掲載された曽野綾子氏の駄文を読むのも甚だ
疲れる。ただ、この後、曽野綾子氏は当方にとって看過できない
ことを仰っているので後の批判文は次回に割愛するしかありま
せん。悪しからず。

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