非才無才の雄叫び

つぶやくこと、叫ぶこと、すべてボケ防止だ!

東日本大震災 曽野綾子氏の責任と良心を問う

2011-09-16 12:44:42 | 日記
東日本大震災 曽野綾子氏と読売新聞の「税と安心」
東日本大震災 曽野綾子氏と読売新聞「編集手帳」
東日本大震災 曽野綾子氏個人的記録という欺瞞Ⅳ
東日本大震災 曽野綾子氏と文芸春秋「日本はどこで間違えたか」
東日本大震災からずっと曽野綾子さんのことが夫の脳裏を占め
ているのでしょう。いつもいつも曽野綾子さん!まるで恋人みたい。

 先の「東日本大震災 曽野綾子氏と週刊ポスト」はWEBから再三に
わたって削除されている。これは氏のコラムの題名と週刊ポストを
キーワードに曽野綾子氏側からWEBサイトに削除要請したものと思わ
れる。公開して3日目の朝、WEBを見たら今回のタイトルの当ブログ
が見当たらなくなった。ある箇所に「1000年に1度(原文は漢数字)と
いう項目は現在WEBでは検索できません」という記述を発見。やっぱ
り!大先生の目に触れる前に利発な秘書さんが手立てを講じたという
わけだ。当方も早速、当該のキーワードと思われる文言を削除し他
の言葉に置き換えて再公開を続けている。これは、ようやく曽野綾
子氏側に認められたということだろう。嬉しい限りだ。
 さて、週刊ポストに掲載された曽野綾子氏のコラムについての批
評を続けていきたい。まず週刊ポストの東日本大震災の特集に寄稿
した曽野綾子氏のコラムは図らずも氏の作家としての責任や良心を
問わざるを得ない内容になっていることだ。その内容は大きく分け
て次の2点になる。第一点は稿料を受け取る受注者としての責任と
良心の問題。第二点は記述内容ついての責任と良心となる。
 まず第一点目の「稿料を受け取る受注者としての責任と良心」に
ついて曽野綾子氏の対応即ち文章を見てみたい。氏は週刊ポスト編
集部から東日本大震災の特集について一定量の執筆を依頼され締
め切りまでに原稿を提出して、然るべき期日に稿料を受け取っている
はずだ。つまり曽野綾子氏は発注者の週刊ポスト編集部に対して受
注者という立場になる。しかし、出版界では曽野綾子氏ほどの「大物
作家」になると、その力関係によって立場は逆転するものと思われ
る。解りやすく言えば曽野氏は「書いてあげた」ということになる。
週刊ポスト編集部にとってはベストセラー「エッセイスト」の曽野綾子
氏の名前があるかないかは雑誌の売れ行きを多少なりとも左右する
との思惑もあって内容よりもまず寄稿してもらうことに重点を置い
ているはずだ。しかし、客観的な見地からすると小学館から稿料を
貰う以上は曽野綾子氏は小学館に対し責任を負う受注者の立場に
変わりはない。なぜこのように言うかといえば、このコラムの一部が
あまりにも投げやりな文章になっているからだ。
それは「私は小説家だから、自分の体験で物を言う他はない」と前
置きしてからの記述。「私は地震の時、神奈川県の海辺のうちにい
た。地震と共に電気が止まった。この停電は県下で百二十七万戸
にも及び、翌朝まで復旧しなかった。もちろん家がつぶれなかっ
たからでもあるが、私は全く慌てなかった。蝋燭もある。電池の予
備を入れると五百時間以上は保つはずのランタンもあり、いざとい
う時、飲料水の煮沸をできるだけの、普段はすき焼きをする時に使
っていたガス・コンロに、予備の燃料ボンベも十本以上持っていた。
水は屋外タンクに二百リッターは貯水してあるシステムだった。東
京の家に帰ると私の普段からの準備はさらに完全だった。水はペ
ットボトルに二百本以上の備蓄がある。一人一個ずつの寝袋も、食
料の備蓄もあった
。」
小学生の作文ではないかと錯覚しかねないこの記述とスイスの「民
間防衛」という本の紹介で、その本に記載された備蓄品を細部に
亘って網羅していて、その字数の多さに読む者を辟易とさせるあた
りは週刊ポストの編集部から要求された字数を満たすために書い
たとしか思えない粗末なもの。これらの部分は「書いてあげた」と
いう意識が露骨に表れていて読む者を不快にさせる。「文化功労
者」の文章とはとても思えないだけではなく誠意も良心のかけら
もない駄文だ。たとえば、これが建築業界だったら曽野綾子氏の
このコラムは差し詰め「手抜き工事」ということなる。手抜き工
事で完成させた家を発注者である元請業者に引き渡したらどうな
るか。元請業者は注文主から損害賠償を請求されるだけではなく
社会的信用も失墜する。当然、施工業者もその責めを共に負うこと
になる。これが一般社会の実情だ。ところが出版界となるとそのク
リエイティブな性格から先に述べたような力関係による発注者と受
注者の立場の逆転現象は当然のこととして存在する。従って責任云
々ということは雲散霧消してしまい、むしろ週刊ポストのように今
回の東日本大震災の企画で表紙の絵柄とタイトルと寄稿した論客陣
等々でアエラを凌駕してしまうと曽野綾子氏が寄稿してくれたこと
に感謝することになる。曽野綾子氏のコラムの出来ばえなど、ほと
んど関係ないということだ。だからと言って受注者は責任を果たす
必要はないのだろうか。たとえ、それが報酬を伴わなくても作家で
ありコラムニストでありエッセイストであり文化功労者であるなら
ば誠意をもって執筆依頼に応えて相応の作品を提供するのが
当然ではないか。
それが作家の良心というものだろう。さらに良心
だけではなくプライドや作品に対する愛情もクリエイティブな作品
を世に出す者にとっては不可欠の要素だ。それが自作に対して高い
クォリティを求める原動力となる。例えば陶芸家が窯出した作品を
次々とぶち壊していく映像をテレビで見たことがあるが、完成度が
低い作品を衆目に晒す事はプライドが許さないだけでなく、それが
自らが作り出した作品に対する愛情というものだろう。
従って曽野綾子氏は結果的には週刊ポスト編集部と小学館に対し
受注者としての責任を果たしたとはいえず、また良心さえも失って
いるということだ。そして自らの作品に愛情さえも抱いていないとい
うことを証明したことになる。
 次に第二点の「記述内容に対する責任と良心」。ここで問題にし
たいのは八ツ場ダム建設中断に関する曽野綾子氏の見解と日本の
建築物に言及した下りだ。まず「私は前原元国交相の取った八ツ
場ダム建設中断の判断にも改めて怒りを覚えた。あの時、誰がど
う言ったかは私の手元には記録がないけれど、つまりあんなダムは、
差し当たって必要ない、ということであった。近年の日本の経済が
縮み加減であることを見ても電気の必要量は減りつつあるし、何百
年に一度の干ばつや出水のための考慮をすることはない、という
論理であった。
」「文化功労者」が、こういう政治的な事柄を論評す
ること自体が問題なのに、デリケートで且つ重大な政治的事柄を
手元には記録がない」と言いながら「という論理であった。」と
気で断定することは断じて許せない
。論評する事柄
によっては当然、責任を伴うことは言うまでもない。どういうつも
りか?手元に記録がなければ、民主党に電話をかけて事の次第を
聞き、民主党の見解を糾すべきではないか。またインタネットを使
って調べるのは今や当たり前の時代なのにウィキペディアも読ま
ないということなのか?ウィキペディアに目を通せば八ッ場ダ
ムについて、ある程度の詳細な説明があるので概要くらいは解る。
まずダム建設反対運動の経緯。
ダム建設反対運動史 東の八ッ場、西の大滝、このダムが当初計画
どおりに完成すると、名湯として全国的に名高い川原湯温泉街を始
め340世帯が完全に水没するほか、名勝で天然記念物でもある吾妻
峡の中間部に建設されるので、その半分以上が水没し、一挙に観光
資源が喪失することが心配された。ダムによって地元に還元される
固定資産税が、水没地を抱える長野原町ではなく、ダム堤の予定地
がある下流の吾妻町(現・東吾妻町)に落ちることも問題であった。
また、首都圏に住む人々のために、水没地に住む住民が犠牲にな
ることには断固反対するという声が地元では多かった。このような
ことから、町議会の「建設絶対反対決議」を始めとして、町全体を
巻き込み、長期にわたる反対運動が展開された
。」とダム建設反対
運動の歴史を紹介しながらもこの運動が収束していく過程も詳らか
にしている。一方事業計画の変更等にも触れて、「2004年(平成16
年)、八ッ場ダム事業は2度目の計画変更を行い事業費が2100億円
から4600億円に上昇。事業反対派は建設事業費に基金事業費、起
債の利息も含めると総額8800億円になるという試算を示し文字通
り日本のダムの歴史上最も高額なダム計画となったとしている。こ
うした考え方も論拠の1つとしてダムの恩恵を受けるとされてきた
利根川下流の一部住民からは「ムダな公共事業」との批判が起こり
2004年(平成16年)11月、関係都県(東京、千葉、埼玉、群馬、茨城、
栃木)の各地方裁判所においてそれぞれ公金支出の差し止めを求
める住民訴訟が一斉提訴された(ひとつでも勝訴すれば、事実上建
設ができなくなる)。ただしこの裁判の原告にはダム予定地に住む
住人は1人もおらず、長年の苦悩を経て地元が建設受け入れの結論
を出したことに水を差すとして反感を持つ住人もいる
。」
そして八ッ場ダム建設中止を決定付けた「その一方で、国土交通省
からのOB天下りを受け入れた公益法人と企業が、競争入札を行わ
ない随意契約で多数の業務を受注していたことや、2004年前後数
年だけで事業落札に絡んだ37社の企業に国交省から52人、随意契
約業者57社に99人、財団法人国土技術研究センター、同ダム水源地
環境整備センター、同ダム技術センターなど7つの公益法人に25人が
天下っていたことが民主党の衆議院議員長妻昭が2007年に国交省
から得た資料により判明し、政官業癒着の観点からも物議を醸した
。」
となり、民主党がマニュフェストに八ッ場ダム建設中止を掲げて選
挙を戦い、その後政権交代が起きる。ウィキペディアのほんの一部
ではあるが事実は曽野綾子氏の見解とは大きく乖離している。ウィ
キペディアを読めばそんな単純な論理ではないし、事柄でもないこ
とは一目瞭然だ。従って氏の記述は又聞きしたものをおぼろげな
記憶を辿ったという程度のものでしかない。
先の当ブログでも述べ
ているが「文化功労者」は政治不介入の姿勢を貫くべきなのに、こ
のように事実とはかけ離れた言辞を弄するなど「文化功労者」には
あるまじきこと。恥を知るが良い。
 しかも次の文章は漫才の台詞ではないかと思わせるような駄文。
しかし今回の地震後二日で『1000年に1度』という言葉が災害の言い
訳に使われ始めた。こんなに早く1000年に1度の機会に、私は自分が
遭遇するとは思わなかった。私はもう老年だから、1000年に1度の体
験などせずに死んで行けるつもりであった。こんなに早くその時が
来るなら、それは『10年に1度』くらいと言うべきだったろう

(※原文は漢数字)」
「1000年に1度」で「想定外」と言い訳したのは、あなたが擁護した東
電ですよ。なにをちぐはぐなことを・・・・。おまけに何を言いたいのか
意味不明。「こんなに早くその時が来るなら、それは『10年に1度』
くらいと言うべきだったろう
」馬鹿げていて無残だ!
 そして次の記述。「今回(我が家もその一例だが)、あちこちで古
い建物は微細な変化もなく済み、プレハブ住宅には亀裂や狂いが生
じた事実が出ている。業界はそれを重く見なければならない。
れわれの祖先である仕事師たちは、自然と相対しながら自然に学び、
手を抜かず、自ら働いて自然の脅威と妥協する手段を学んだ。同じ
ようにもし謙虚に今回の危機に学んで、浮わついた生活から離れ、
忍耐と技術を学ぶ世代が出れば、日本はさらに伸びるだろう。

あ~あ、ここまで来ると「文化功労者」曽野綾子氏は地に落ちた
と言うほかない
。どこを調べてこのような言辞を労するのか?
建築の勉強もせずによくも仰る。今時の建築物を総称して「プレハ
ブ住宅」と仰っておられるのですか?それとも「プレハブ住宅」を知
った上で仰っているのですか?ご存知ないんでしょう。その「プレハ
ブ住宅」に限って言えば、最初はプレハブ小屋から出発したものの
現在は大変な進化を遂げていて、たとえばセキスイのプレハブ住宅
は軽量鉄骨の構造材で造ったユニットを組み合わせて建築していく
ものなので、ユニットの組み合わさった部分の内壁が30㎝厚という
無駄はあるが、今回の地震程度の直下型でもびくともしないはず。
更にこのプレハブ住宅に「免震」を施した住宅は震度7でも室内の
家具も倒れないという優れものだ。今回の震災で歴史的建造物がど
れだけ被災したか調べもしないのですか?「私は小説家だから、自
分の体験で物を言う他はない」と断ったばかりではありませんか。
体験はできなくても少しは勉強くらいしなさい。
注文建築で建てられたと思われる田園調布のご自宅と神奈川の別
荘がびくともしなかったからと言ってプレハブ住宅が脆弱だと決め
付けて
業界はそれを重く見なければならない
なんという馬鹿げたことを!
唖然として笑ってしまいそうだ。建設業界にそのことを直接言った
らどうですか?皆、唖然として反論もしないでしょうし、すぐ爆笑が
起こるでしょう。阪神大震災の記憶はないのですか?阪神大震災
の時、曽野綾子氏が仰る「仕事師」が造った木造の古い家屋はほと
んど全壊した。なぜだか解ります?建築基準法で耐震基準を改めた
昭和56年6月以前の建物が大半だったのと、関西特有の南側の開
口部を一箇所1.5間、2間とした木造家屋がほとんどで耐震強度が低
い為に、それらの家屋が捩じれるようにして倒れたということです。
あの阪神大震災を経験して現在の建築工法は更に進化している。こ
ういう馬鹿げたことを実しやかに言うということは
曽野綾子さん!あなたは病気ですよ
自らがそれに全く気付いていない。哀れというほかない。
実にアブノーマルだ
文章能力も「作家」のレベルではないし、記載内容が不実極ま
りなく無責任で良心の欠片もない。

出版業界や彼女の周りには曽野綾子氏を諌める勇気ある人はいな
いのか?自らの良心をもって曽野綾子氏を諌める人はいないのですか?
金になれば良いのですよね。当方が活動する不動産業界もその悪癖
を残しています。お客様さえ気がつかなければ、物件の瑕疵があっ
ても見て見ぬふりをして、何でもお金にしようと懸命です。
やはり、ここで叫ぶしかありませんか?

早く筆を折りなさい
「文化功労者」曽野綾子殿
・・・だそうです。



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