歯を食いしばりながら、なんとか地上に這い上がろうとしている大佐は、ニコライに気がつくと、苦しそうに言った。
「……貴様達、何者だ」
「助けてやってもいいが――」と、大佐の問いに答えることなく、ニコライは吐き捨てるように言った。「捕虜になって生き延びたところで、おまえらの罪が消え去る訳じゃないんだぜ」
ニコライは大きな体をかがめると、無表情のまま、黙って手を差し出した。
ヨゾフ大佐は、ありがとう、とでも言いたげにフッと笑みを浮かべると、差し出された手をつかむことなく、縁に掛けていた両手を離して、真っ逆さまに暗い穴の底へ落ちていった。
地面に両手をあて、片膝を突いてしゃがんでいたイヴァンが立ち上がると、陥没していた地面が、泉が湧き上がるようにボゴボゴと土砂を噴き上げ、元通りの地面に戻っていった。
大佐の最期を見届けたニコライが戻ってくると、イヴァンが振り返り、小さくうなずいた。
黒い革手袋を脱ぐイヴァンの横にニコライが並ぶと、二人は歩き始めた。
――ガッシャン。グギィー……。ドッドン。
二人の回りの景色が、突然照明を切ったように暗転した。聞こえたのは、列車の音だった。暗闇の中、埃と人いきれの生臭さが鼻をついた。わけもわからず、二人はサングラスを取ると、かすかな光の中、身動きもできないほど人がひしめいているのがわかった。
「くそっ」と、ニコライは毒づくと、人々をかき分け、口汚い怒声を浴びつつ、明かりの洩れている壁際にやってきた。
ざらついた木と木の隙間から外を覗くと、どこともわからない場所を、機関車がレールを軋らせながら疾走していた。
「まさか――」と、つぶやくイヴァンの声が、はっきりとニコライの耳に届いた。
二人がいるのは、貨車の中だった。行き先はわかっていた。強制収容所という名の、地獄に違いなかった。
「ここは、どこなんだ」
ニコライの質問に答える者は、誰一人いなかった。