くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(21)

2016-04-03 23:16:21 | 「夢の彼方に」
 濃く、厚く立ちこめていた靄は、夜明けと共にすっかり風に押し流され、はるか彼方の空へ、跡形もなく姿を消してしまっていた。
 サトルは、ズボンの後ろを払いながら立ち上がると、ゴンドラの縁に手をかけ、恐る恐る外を眺めた。夜の闇に包まれた空では、地上の光は星のように小さく、遠くで瞬くともし火にしか見えなかった。空高く飛んでいる怖さは、それほど感じなかった。しかし、まぶしい光があふれる空では、地上にあるものすべてが、澄んだ空気のもとに隅々まで姿を現していた。飛行船とロープで繋がっているゴンドラが、急に頼りなく思えてきた。揺れているわけではないが、足に必要以上の力が入った。優しく頬をねぶっていく暖かな風も、首筋の弱い部分をいたずらにくすぐって、今にも落ちそうだよ、と耳元でからかっているようだった。
 うっそうとした森が、地平線の遙か向こうまで、見渡す限り広がっていた。テレビの番組でしか、同じような光景は見たことがなかった。「うわー」と、思わず声が漏れてしまった。見とれてしまうほど、雄大な景色だった。
 サトルは、ふとマジリックのことが気になった。青い鎧を身につけた不気味な騎士に襲われ、はたして無事でいるのだろうか――。
 とっさの機転で、マジリックはトッピーと金魚鉢を飛行船に変え、サトルと共に空へ逃がした。しかし、階下に落ちた青騎士が、剣を手にして再び部屋に現れると、マジリックはたった一人残って、勇敢に立ち向かっていった。勝負の行方はどうなったのか、遠く離れてしまったサトルには、知るよしもなかった。サトルは、青騎士と戦ったマジリックを思い出して、彼が強い勇気を持った本物の魔法使いだったと、今は心から信じる事ができた。
 けれど、どうして自分達が青騎士に襲われたのだろうか? サトルは疑問に思った。マジリックに剣を振り下ろしてから、青騎士は自分の方に向かってきた。トッピーが泳いでいる金魚鉢を抱えていたとはいえ、おそらく青騎士の狙いは、ぼくだったに違いない……。でもどうしてなのか? サトルには、思い当たることが何もなかった。自分の住んでいた町から遠く離れ、おとぎ話に出てくるような人達が暮らす見知らぬ場所で、元の町に帰らせてもらえるという”ねむり王様の城”を目指して、旅をしている途中だった。
 ひゅうるるー、とにわかに吹いた風が、飛行船を揺らした。
 飛行船は、空高く舞い上がることなく、ただゆったりと、振り子のように前後に漂うだけだった。
 サトルは、ゴンドラの縁から身を乗り出すと、恐る恐る下をのぞきこんだ。飛行船から伸びた一本のロープが、遙か下に見える太い木の枝に絡まっていた。
「よかった」と、サトルはほっと息をついた。「ここがどこだかわからないけど、とにかく助かったみたいだ……」
 飛行船は、時折吹きつける弱い風にあおられ、同じ場所に浮かんだまま、ゆっくりと、飛び上がることなく漂っていた。しかし、風の揺れとはあきらかに違う、ぶるぶると、震えるような小刻みな揺れが、ゴンドラの縁に手をかけているサトルに伝わってきた。
(どうしたんだろう……)サトルは自分の膝に手を当てて、震えていないのを確かめると、揺れを感じる箇所にひたひたと手を当てながら、原因を探していった。すると、飛行船とゴンドラとをつなぐロープを通じて、揺れが伝わってくるのがわかった。

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