
平成22年に山口大学を卒業しました松田翼と申します。いま25歳です。山大山岳部には1年生から4年生まで所属しており、OB会には毎年参加させていただいておりました。今年の3月にヒマラヤにどうしても行きたくて仕事を辞めました。そして4月26日から5月6にかけてヒマラヤのヤラピーク(5520m)に登って来たので報告させていただきます。
私のことを知らない方が多いと思いますので簡単に説明させていただきます。私は平成18年に山口大学に入学して、すぐ山岳部に入部しました。私の入った年は、一つ上に先輩が2人いたのですが夏にはやめて部員は僕一人になりました。もちろん1年生のときは夏合宿、冬合宿は行けず、春と秋にOBの方に協力してもらってなんとか大山や久住に行くのみでした。その後後輩が入って来てもこのままでは何も出来ないと思い、登山講習会に参加したり宇部山岳会に個人的に入って少しでも山岳部を盛り上げようと活動していました。私が卒業する頃には部員も10名近くになり、入学したときと比べると少しは山岳部らしい活動が増えたような気がしました。私の大学生活は登山中心の毎日でした。山岳部での活動はもちろん、宇部山岳会、個人的な山友達と1年中山ばっかり行っていました。そして今回はその時に知り合った山口県の方(30歳)と一緒にヒマラヤへと行くこととなりました。
この遠征の話が来たのは昨年の7月でした。誘われたときに結構悩みましたが、どうしても海外遠征に行きたいという気持ちが捨てきれなくて仕事を辞める覚悟を決めました。3月に仕事を辞め、トレーニングをするために関東に1ヶ月滞在し、八ヶ岳やアルプス、関東の2000mほどの山でトレーニングしました。その後山口県に1ヶ月ほど滞在し、その間はOBである長広さんのお宅に居候させてもらいながらトレーニングを続けました。そして天候にも恵まれて5月1日にヤラピークの頂上に登頂し、無事に日本に帰ってくることが出来ました。
学生時代は夏山の縦走、岩登り、冬の大山からアルプス、富士山など1年中を通して山をやっていました。今回は5500mという高度なので、自分の体がどこまで持つか分からないという不安もあったのですが、どこまで対応出来るのかという楽しみもありました。結果的には4000mを越えたあたりで頭痛が起きて一晩中寝れない夜があったり、現地の食事が合わずに慣れるまで苦労したりと大変なことの方が多かった気がします。それでも予定通り行程が進み、無事に登頂出来たときはこれまでの苦労が全部報われた気がしました。山頂にいた時間は15分ほどでしたが、改めてこのヒマラヤ遠征を計画し、実行し、達成できてよかったと思いました。これも現役時代からお世話になっているOBの方を始め、たくさんの仲間に支えられたからです。
私は次の就職先が決まっているため、仕事を再開します。また当分の間、海外遠征などは行けなくなると思いますが、いずれはまた行くと思います。今回のヤラピークは最終目的ではなくて、出発地点です。次の海外遠征の際にはぜひ山大山岳部の現役、OBの方と一緒行けたらいいなと考えています。これからも登山は続けますので、ご一緒させていただける際には、よろしくお願いします。
私のことを知らない方が多いと思いますので簡単に説明させていただきます。私は平成18年に山口大学に入学して、すぐ山岳部に入部しました。私の入った年は、一つ上に先輩が2人いたのですが夏にはやめて部員は僕一人になりました。もちろん1年生のときは夏合宿、冬合宿は行けず、春と秋にOBの方に協力してもらってなんとか大山や久住に行くのみでした。その後後輩が入って来てもこのままでは何も出来ないと思い、登山講習会に参加したり宇部山岳会に個人的に入って少しでも山岳部を盛り上げようと活動していました。私が卒業する頃には部員も10名近くになり、入学したときと比べると少しは山岳部らしい活動が増えたような気がしました。私の大学生活は登山中心の毎日でした。山岳部での活動はもちろん、宇部山岳会、個人的な山友達と1年中山ばっかり行っていました。そして今回はその時に知り合った山口県の方(30歳)と一緒にヒマラヤへと行くこととなりました。
この遠征の話が来たのは昨年の7月でした。誘われたときに結構悩みましたが、どうしても海外遠征に行きたいという気持ちが捨てきれなくて仕事を辞める覚悟を決めました。3月に仕事を辞め、トレーニングをするために関東に1ヶ月滞在し、八ヶ岳やアルプス、関東の2000mほどの山でトレーニングしました。その後山口県に1ヶ月ほど滞在し、その間はOBである長広さんのお宅に居候させてもらいながらトレーニングを続けました。そして天候にも恵まれて5月1日にヤラピークの頂上に登頂し、無事に日本に帰ってくることが出来ました。
学生時代は夏山の縦走、岩登り、冬の大山からアルプス、富士山など1年中を通して山をやっていました。今回は5500mという高度なので、自分の体がどこまで持つか分からないという不安もあったのですが、どこまで対応出来るのかという楽しみもありました。結果的には4000mを越えたあたりで頭痛が起きて一晩中寝れない夜があったり、現地の食事が合わずに慣れるまで苦労したりと大変なことの方が多かった気がします。それでも予定通り行程が進み、無事に登頂出来たときはこれまでの苦労が全部報われた気がしました。山頂にいた時間は15分ほどでしたが、改めてこのヒマラヤ遠征を計画し、実行し、達成できてよかったと思いました。これも現役時代からお世話になっているOBの方を始め、たくさんの仲間に支えられたからです。
私は次の就職先が決まっているため、仕事を再開します。また当分の間、海外遠征などは行けなくなると思いますが、いずれはまた行くと思います。今回のヤラピークは最終目的ではなくて、出発地点です。次の海外遠征の際にはぜひ山大山岳部の現役、OBの方と一緒行けたらいいなと考えています。これからも登山は続けますので、ご一緒させていただける際には、よろしくお願いします。

ヒマラヤのヤラピーク登頂、おめでとう!
山頂では僅か15分ですが、かけがえのない時ですね。二人の姿の雰囲気がとってもいい。
学生時代から今までの情熱と行動のたまものです。
OB,現役にとっても良い刺激になります。此方もやる気が出てきました。
以前、山口での総会後に陶ヶ岳へ一緒に行ったことがありました。また何時か、山に同行できると良いですね。(近くの)
今という時を大切にしながら、存分に活躍してください。
事前のがんばり、登頂の頑張り、帰ってからのすぐの再就職の頑張りとお見事です。
私も定年後毎年、ネパールを中心にチベット、インドヒマラヤを歩いています。そこで日本の若者が登山をしたり、山歩きをしたりは見ませんでした。寂しく思っていました。
現われましたね、それも山大山岳会OBの中から若き人人が嬉しく思います。
私のは雪のないカラパタールの丘(5545m)でもしんどい思いをしましたので大変だったでしょう。
今後も山を楽しんでください。
是非、また山大山岳会で話を聞けたらと思います。再就職もがんばって下さい。
山大山岳会中四国支部の吉原です。
目標を設定する決断力、ひたすらそれに向かう実行力「すごい!」の一言です。
定年退職してうらぶれている身には、まぶしいばかりです。
今後も、人生楽しんで下さい。
この山行が今後の現役、OBの方々の活動に少しでもプラスになれば嬉しいです。私は今年のOB総会には出席できませんが、今後都合が合えばぜひ参加させて頂きたいです。その際は新しい報告が出来るように今後も活動したいと思います。
これからもよろしくお願いします。
この6月に学生時代からの夢であるナンガパルバット北壁をまじかに見るかのヘルマン・ブールが登ったクラシック・ルートのAC1まで登って5日間北壁やナンガ、ライアコット氷河を眺めながらテント暮らしをしてきました。
これも夢を見続けてきた結果だと思っています。
お互いがんばりましょうや。