中年オヤジ留学
“NYにてバイトをクビ、どうして?- 日本の穏便主義の衰退”
2016/12/25 記
私はNYで2度バイトを”クビ “になったことがあります。
最初はNY留学して2,3ヵ月過ぎの事。
街に少し慣れてきたのでバイトが有るのなら、是非と。
その場所はカウンター式の日本レストランで友達の紹介でした。 NYでバイト捜すなら、“とりあえず行ってみたら”と言うことで。
(バイト先はどんな所?)
NYタイムズスクエア(42丁目)の角から東へ5,6件の小さなカウンター式の日本レストラン、中華XX軒ならぬ内装をイメージして下さい。
当時はNYでも格別ガラの悪い繁華街で、辻辻にホームレス、窃盗予備軍が壁に寄りかかりカモを物色しているかのように、何が起こっても不思議ではない所です。 何らかの“スキ”を見せたら、たちまちターゲットになり被害者になるのでは?の空気が漂っています。
店を訪ねカウンター越しからオーナーと話、コージ(友達)さんの紹介で来たけど、出来たらバイトしたいと申込み。
運よく、隔日で午後からラスト(10時)迄で働くことになりました。
店は常時オーナーと準ベテランとアルバイトの3人回し。
自分の仕事は、サーブ(配膳)バス(食器下げ)皿洗い、雑用、特に牛肉の薄切りカットがエライ仕事だった。
肉処理は店の地下で行われていました、地下にこんな広い空間が有るのも驚きです。 映画ウェストサイト物語で道路の一部の鉄板を返し主役トニーが商品のカートンを搬入する地下の世界です。 天井に配管むき出しの空間に、店のストック、冷蔵庫などが置かれていました、壁にむき出しの有る温水配管のためか“やけに蒸し暑い”。
雑居ビルの地下で個別のテナントごとのように仕切りも無く、時折アメリカではスーパー(SUPERINTENDENT 管理人)と呼ばれ、ヒマな警官のように良く“油を売り”に来ました。
冷凍の牛バラを円盤が回るスライサーでカットするのですが、自分の指を落さないよう、肉を刃先送るのだが簡単ではない,量も業務用です。
ノロノロしていると冷凍で固いはずの肉も柔らかくなり、スーパーでお馴染のきれいな薄切りにならず、仕事にならない。 肉のカットは1時間では終わりません、かなりの仕事量、自分の心も“落ち着かない”。 時間の割、カットされた肉が少ないとボスが思うのではないか?と心配したり。
(気軽に吉野家、ラーメン屋での食事、当たり前と思うな!)
このバイトは閉店時に、食事が出たので助かりました。
NYでは外で日本の定食屋クラスで食事すると、当時のバイトの時給の2時間分はすっ飛びます。
ここが日本の物価と違うところ、日本での外食(定食の範囲)は高くありませんが、アメリカではファーストフード以外は高くつきます、すぐにチップとTAXですから。
バイトの身分でレストランで外食する、”何、考えているの?“の世界です。
NYでは真冬に屋外の石畳み階段に座り、冷たいコーラで食事に慣れる事も必要です。
日本では良く資源(土地や石油、鉱物の埋蔵物)が無いと悲観的になります。
しかし海外へ出てみると、日本ではバイト時間給の範囲内で安いレストランで座って食事が出来る、これも十分、日本が世界に別の意味で“誇れる資源”です。
コンビニの持ち帰りにすれば更に外食の半分くらいにもできるのですから、これは日本の強みです。
2020年を前に日本に押し寄せる外国人が日本の街中の外食の安さ、美味しさ、安全さに驚嘆しているのも当然です。
さて話を戻し、バイト先では店のしめ際の泥棒対策に、看板にして帰るときは3人で店を出ます。 オーナーは“チョビヒゲ”を生やしカウボーイハットをかぶり、見た目はヒスパニックのイメージ。
NYでアジア人、中でも日本人と分かることは非常に危険です、強盗のターゲットになり易い、オーナーは当然に今日の売り上げを持っているのですから。
店からすぐ下の42丁目タイムズスクエアの地下鉄コンコースに入ると、彼は雑踏の人並みに不思議と溶け込んで行ったのを憶えています。
(クビの話)
そして”クビ”になる話ですが、隔日勤務ですからもう一人バイト(同じく留学生ヒロシ)がいましたが、自分より以前から働いているので年下ですが先輩になります。
シフトの引継ぎで勤務が重なる時間もあり、細かく自分に注文を付けてきたり、先輩ですが”うるさいな“と言う感じです。 ただ彼は、例の牛バラ肉のスライスは自分より手馴れていました。
ある日、自分はオーナーにヒロシとの間の “ギクシャクしている関係”を何とかしてもらいたい気持ちから相談をしてみました。
自分は甘かったのかもしれません・・・。
しかし意外にも、・・・・・・・昔のことなのでオーナーの前置きは憶えていませんが、それでは今日で(私は)店には要らないと告げられました。
自分は少しショックでした。 オーナーとは上手くやっていたと思っていたのに、ヒロシとの件も少しは理解してもらえると思っていたのに。 自分はNYで(話し合い無しで)、バッサリ“クビ”はショックでした。
(もう一つのクビ事件)
それは一年半務めたNYの美容室で起こりました。
当時、クイーンズの短大と美容室をかけもちでやっていました。 大学の学期が始まると履修登録をしなければなりませんが、それは僅か1~2日で締め切られます。 その日は“MUST”です(救済日は有りません)。
その日(土曜日)は、事前にオーナーに了解をもらい、午後からの出勤になっていました。
履修登録を終え、店に入ると、しばらくしてオーナーが“ぶつぶつ”言い始めました。
“あなたは、いつも学校が何だかんだと言って、お店に穴をあける”。
“あれ自分、先生(オーナー)に前もって学校の事で、どうしても今日はこの時間になってしまう事、前もって言っていましたけど”。
オーナーのブツブツは続く・・・
“今日の事は、代わりの日が無い大事なことなので,分かってほしいんですけど・・・”自分は言う。
でも結局、自分はその場で“クビ”を言い渡されました。
そう言えば、自分も以前2~3人急に来なくなったスタッフがいて、同僚に聞くと”クビ“になったという過去を知っていました。
アメリカでは主導権を持つ人の決定は“絶対”で、覆る(くつがえる)ことは有りません。
学校でも、公務の事務所で、“えらく待たされた”の、“なんで私の言うことを認めない”などガタガタ言っていると、担当者に一喝され退去を宣言されます。
それに従わないと、セキュリティー(警備員)に摘み出されます。
(アメリカでは役に立たない日本の協調性・・・)
これらの経験から、自分の反省しなければいけない点は?
また自分をクビにしたオーナー達の心理は?・・・
確かに自分はオーナーの親衛隊的な側面を持っていなかった。
もしかして自分には独特な“自分の世界”の印象が強く、第三者には若干不快感を与えるのでは?
それもある、しかし・・・
彼らは知っている、このニューヨークに日本人バイト予備軍は腐る程いくらでも代わりがいることを。
また彼らも昔このニューヨークで突然の解雇を経験し、下積みから這い上がり、やっと手に入れた糧、守るために”話合いや、どちらが正しい“か?を判断する必要は無いのだ。
彼らは元は日本人だが、彼らのアメリカから学んだ”行き残り術“だと思う。
多分、私が生きた年代と日本と言う風土から身についた、“状況に合わせる”、”時には妥協する“、”物事を穏便(おんびん)に始末する“と言うことがアメリカの日本社会では通用しないと言うこと。
一方、美容室のオーナーも、そう言えば時折、彼女より相当年上の男性がパトロン(擁護者)づらしてタビタビ店に訪れていた。
彼女は彼と生活せざるを得なかった長い年月を振り返り“ムダな8年だった・・・”ともらすこともあった。
特に女性の場合、留学生も含め時には自分から現地男性を取り込み擁護者とし家賃、永住権確保、英語を享受し、次のステップの前の孵卵器(INCUBATOR)とするケースも多い。
(そして現在の日本も、礼儀や道理に代わり”力づく“や攻撃型の隆盛)
先にも書いたように、従来の日本は何か事が有れば、譲れるところは譲り、出来るだけ”波風“を立てないよう穏便に済ませるのが文化と思ってきたが、最近は変わってきている。
それも悪く(変わってきている)
庶民に留まらず、国会議員を含む著名人まで。
何か耳障りの言葉、話の内容、インターネット上の記事でも勢いが有り、相手を傷つけ、賛同者やマスコミが騒げば”正しい、もしくは勝利した“と勘違いしている。
もちろん、そう言った風潮も良くないが、現在あまりにもマスコミの立ち位置がお粗末。
また人間が無力で打つ手がないなら、この際ある部分で先行するAIの力を借り、人間の世界観を打ち破る斬新でしかもフェアな見識を人間に与えてほしい。
(では、また)
“NYにてバイトをクビ、どうして?- 日本の穏便主義の衰退”
2016/12/25 記
私はNYで2度バイトを”クビ “になったことがあります。
最初はNY留学して2,3ヵ月過ぎの事。
街に少し慣れてきたのでバイトが有るのなら、是非と。
その場所はカウンター式の日本レストランで友達の紹介でした。 NYでバイト捜すなら、“とりあえず行ってみたら”と言うことで。
(バイト先はどんな所?)
NYタイムズスクエア(42丁目)の角から東へ5,6件の小さなカウンター式の日本レストラン、中華XX軒ならぬ内装をイメージして下さい。
当時はNYでも格別ガラの悪い繁華街で、辻辻にホームレス、窃盗予備軍が壁に寄りかかりカモを物色しているかのように、何が起こっても不思議ではない所です。 何らかの“スキ”を見せたら、たちまちターゲットになり被害者になるのでは?の空気が漂っています。
店を訪ねカウンター越しからオーナーと話、コージ(友達)さんの紹介で来たけど、出来たらバイトしたいと申込み。
運よく、隔日で午後からラスト(10時)迄で働くことになりました。
店は常時オーナーと準ベテランとアルバイトの3人回し。
自分の仕事は、サーブ(配膳)バス(食器下げ)皿洗い、雑用、特に牛肉の薄切りカットがエライ仕事だった。
肉処理は店の地下で行われていました、地下にこんな広い空間が有るのも驚きです。 映画ウェストサイト物語で道路の一部の鉄板を返し主役トニーが商品のカートンを搬入する地下の世界です。 天井に配管むき出しの空間に、店のストック、冷蔵庫などが置かれていました、壁にむき出しの有る温水配管のためか“やけに蒸し暑い”。
雑居ビルの地下で個別のテナントごとのように仕切りも無く、時折アメリカではスーパー(SUPERINTENDENT 管理人)と呼ばれ、ヒマな警官のように良く“油を売り”に来ました。
冷凍の牛バラを円盤が回るスライサーでカットするのですが、自分の指を落さないよう、肉を刃先送るのだが簡単ではない,量も業務用です。
ノロノロしていると冷凍で固いはずの肉も柔らかくなり、スーパーでお馴染のきれいな薄切りにならず、仕事にならない。 肉のカットは1時間では終わりません、かなりの仕事量、自分の心も“落ち着かない”。 時間の割、カットされた肉が少ないとボスが思うのではないか?と心配したり。
(気軽に吉野家、ラーメン屋での食事、当たり前と思うな!)
このバイトは閉店時に、食事が出たので助かりました。
NYでは外で日本の定食屋クラスで食事すると、当時のバイトの時給の2時間分はすっ飛びます。
ここが日本の物価と違うところ、日本での外食(定食の範囲)は高くありませんが、アメリカではファーストフード以外は高くつきます、すぐにチップとTAXですから。
バイトの身分でレストランで外食する、”何、考えているの?“の世界です。
NYでは真冬に屋外の石畳み階段に座り、冷たいコーラで食事に慣れる事も必要です。
日本では良く資源(土地や石油、鉱物の埋蔵物)が無いと悲観的になります。
しかし海外へ出てみると、日本ではバイト時間給の範囲内で安いレストランで座って食事が出来る、これも十分、日本が世界に別の意味で“誇れる資源”です。
コンビニの持ち帰りにすれば更に外食の半分くらいにもできるのですから、これは日本の強みです。
2020年を前に日本に押し寄せる外国人が日本の街中の外食の安さ、美味しさ、安全さに驚嘆しているのも当然です。
さて話を戻し、バイト先では店のしめ際の泥棒対策に、看板にして帰るときは3人で店を出ます。 オーナーは“チョビヒゲ”を生やしカウボーイハットをかぶり、見た目はヒスパニックのイメージ。
NYでアジア人、中でも日本人と分かることは非常に危険です、強盗のターゲットになり易い、オーナーは当然に今日の売り上げを持っているのですから。
店からすぐ下の42丁目タイムズスクエアの地下鉄コンコースに入ると、彼は雑踏の人並みに不思議と溶け込んで行ったのを憶えています。
(クビの話)
そして”クビ”になる話ですが、隔日勤務ですからもう一人バイト(同じく留学生ヒロシ)がいましたが、自分より以前から働いているので年下ですが先輩になります。
シフトの引継ぎで勤務が重なる時間もあり、細かく自分に注文を付けてきたり、先輩ですが”うるさいな“と言う感じです。 ただ彼は、例の牛バラ肉のスライスは自分より手馴れていました。
ある日、自分はオーナーにヒロシとの間の “ギクシャクしている関係”を何とかしてもらいたい気持ちから相談をしてみました。
自分は甘かったのかもしれません・・・。
しかし意外にも、・・・・・・・昔のことなのでオーナーの前置きは憶えていませんが、それでは今日で(私は)店には要らないと告げられました。
自分は少しショックでした。 オーナーとは上手くやっていたと思っていたのに、ヒロシとの件も少しは理解してもらえると思っていたのに。 自分はNYで(話し合い無しで)、バッサリ“クビ”はショックでした。
(もう一つのクビ事件)
それは一年半務めたNYの美容室で起こりました。
当時、クイーンズの短大と美容室をかけもちでやっていました。 大学の学期が始まると履修登録をしなければなりませんが、それは僅か1~2日で締め切られます。 その日は“MUST”です(救済日は有りません)。
その日(土曜日)は、事前にオーナーに了解をもらい、午後からの出勤になっていました。
履修登録を終え、店に入ると、しばらくしてオーナーが“ぶつぶつ”言い始めました。
“あなたは、いつも学校が何だかんだと言って、お店に穴をあける”。
“あれ自分、先生(オーナー)に前もって学校の事で、どうしても今日はこの時間になってしまう事、前もって言っていましたけど”。
オーナーのブツブツは続く・・・
“今日の事は、代わりの日が無い大事なことなので,分かってほしいんですけど・・・”自分は言う。
でも結局、自分はその場で“クビ”を言い渡されました。
そう言えば、自分も以前2~3人急に来なくなったスタッフがいて、同僚に聞くと”クビ“になったという過去を知っていました。
アメリカでは主導権を持つ人の決定は“絶対”で、覆る(くつがえる)ことは有りません。
学校でも、公務の事務所で、“えらく待たされた”の、“なんで私の言うことを認めない”などガタガタ言っていると、担当者に一喝され退去を宣言されます。
それに従わないと、セキュリティー(警備員)に摘み出されます。
(アメリカでは役に立たない日本の協調性・・・)
これらの経験から、自分の反省しなければいけない点は?
また自分をクビにしたオーナー達の心理は?・・・
確かに自分はオーナーの親衛隊的な側面を持っていなかった。
もしかして自分には独特な“自分の世界”の印象が強く、第三者には若干不快感を与えるのでは?
それもある、しかし・・・
彼らは知っている、このニューヨークに日本人バイト予備軍は腐る程いくらでも代わりがいることを。
また彼らも昔このニューヨークで突然の解雇を経験し、下積みから這い上がり、やっと手に入れた糧、守るために”話合いや、どちらが正しい“か?を判断する必要は無いのだ。
彼らは元は日本人だが、彼らのアメリカから学んだ”行き残り術“だと思う。
多分、私が生きた年代と日本と言う風土から身についた、“状況に合わせる”、”時には妥協する“、”物事を穏便(おんびん)に始末する“と言うことがアメリカの日本社会では通用しないと言うこと。
一方、美容室のオーナーも、そう言えば時折、彼女より相当年上の男性がパトロン(擁護者)づらしてタビタビ店に訪れていた。
彼女は彼と生活せざるを得なかった長い年月を振り返り“ムダな8年だった・・・”ともらすこともあった。
特に女性の場合、留学生も含め時には自分から現地男性を取り込み擁護者とし家賃、永住権確保、英語を享受し、次のステップの前の孵卵器(INCUBATOR)とするケースも多い。
(そして現在の日本も、礼儀や道理に代わり”力づく“や攻撃型の隆盛)
先にも書いたように、従来の日本は何か事が有れば、譲れるところは譲り、出来るだけ”波風“を立てないよう穏便に済ませるのが文化と思ってきたが、最近は変わってきている。
それも悪く(変わってきている)
庶民に留まらず、国会議員を含む著名人まで。
何か耳障りの言葉、話の内容、インターネット上の記事でも勢いが有り、相手を傷つけ、賛同者やマスコミが騒げば”正しい、もしくは勝利した“と勘違いしている。
もちろん、そう言った風潮も良くないが、現在あまりにもマスコミの立ち位置がお粗末。
また人間が無力で打つ手がないなら、この際ある部分で先行するAIの力を借り、人間の世界観を打ち破る斬新でしかもフェアな見識を人間に与えてほしい。
(では、また)