今でこそ写真は自分のプリンターで簡単にプリントできるけど、昔は白黒写真もたいへんだった。
まず、暗い部屋を作り、なるべく暗いカーテンを引き、夜を待つ。
なぜ夜を待つのかって?
暗いところでコソコソやるのは夜って決まっている。
先月、国会で決まったはずだ。
橙色のピンポン球のような薄暗い電球を点け、引き伸ばし機の間にフィルムをはさみ、印画紙を置き光をあてる。
光をあてると言っても、親の七光りではなく、引き伸ばし機の光である。
光を浴びた印画紙をバットの中の現像液に入れ、停止液に入れ、定着液に順次入れる。
どれも数秒なのだが感で覚えるしかない。
最後に水洗いは浴槽を利用する。
停止液に入れた印画紙は恋に破れた乙女のように、キュ~ンと泣きだす。
思わず印画紙の手をとって、まけるな! と言ってやりたくなる。
全紙の写真はたいへんだ、机の上に置いた引き伸ばし機の投影部分をヨガでもやるかのように180度回転させ、光を床に落とす。
光のあたる部分に試し印画紙を置き、光のあてぐあいをつかみ取る。
全紙を置き光をあてる。
あとは現像、停止、定着液に入れて行くのだが、ものが大きいだけに工夫が必要だ。
全紙の被写体は風景が多いが、面白いのは芸能雑誌から芸能人の写真を接写して写真を作る。
まるで自分が直接撮ったかのような写真が出来上がる。
細い木材やベニヤ板でパネルを作り、全紙の写真を画鋲で止め、画鋲の上から周りを紙テープで押さえて出来上がり。
ちょっとしたものだ。
出来上がったパネルを飾っておくと、親類や知人が欲しがる。
欲しい人にはすぐあげてしまう。
作成費より貸しが大きいから。
そのような写真作りがおもしろかったが、今はもうできないのだろうか?
やろうと思えばまだ道具はあるのだろうか?
やる気がないから調べようともしない。
毎日テレビでは放射線の測定数値が流れている。
どうして毎日放射線を測定しながら生活しなければならないのだろうか?
これって、ものすごーくおかしいと思うのだけれど、みんなもそう思っているのだろうか?
いつまでこういう生活をしなければならないのだろうか?
2年、3年先だろうか?
5年、10年先だろうか?
それとも死ぬまでだろうか?
ニコ鬼「そんなに先のこと考えなくてもいいのに、オ~ッホホホホ! オ~~ッホホホホ!」
ハリーポッターもいいけれど、私はハーマイオニーが好きだ。
最近物忘れがひどいのは、もしかしたらポッターが私に魔法をかけているのかも知れない。
オブリビエイト! なんてね。
私が年老いて死ぬときは、まわりにさんざん迷惑かけて、のたうちまわって死んでやろうと思っているのだが、ポッターが現れて、アバタ・ケタプラ! なんて魔法をかけられたら、私の計画はオジャンだ。
我がアパートの風呂は追い焚きがない。
ふつう風呂に1時間以上入っている私には、追い焚きのない風呂はかなり厳しい。
とくに冬、これからまだまだ寒くなる。
ふつうに追い焚きがあれば、ぬるくした湯ぶねで1時間ぐらい寝て、追い焚きをちょこちょこしながらまた寝る。
気持ちよ~く寝る。
そして、指がふやけるころ湯ぶねから出る。
それが、追い焚きがないので気持ちよ~く寝られない。
1時間もしないうちに寒くなって目が覚めてしまう。
寒くて出られなくなる。
こんしんの思いでやっと出る。
アパート替えようかな。
いいアパートあったらおしえてください。
どこでもいいです、北海道でも沖縄でも。
どーせ1人だし。
福島県から抜け出したい気持ちですから。
タニタが食堂を出すという。ニュース
食堂なら私もいちど行って食べてみたい。
全国的に有名なタニタレシピだが、料理ができない私には価値がない。
ことわざで言うならば「犬も歩けば棒にあたる」と言うのだろうか。
だいたいにして、レシピに出てくる材料がたいへんだ。
たとえば「根菜とひき肉のしぐれ煮」レシピ。
れんこん、にんじん、たけのこ、きくらげ、干し椎茸、糸こんにゃく、絹さや。
ここまでは、生まれて今まで買ったことが無い。
次の、ショウガ(千切り)、ごま油、については1度ぐらいは買ったことがある。
豚ひき肉は何度か買ったことがある。
だし汁、酒、砂糖、みりん、は我家に無いものばかりだ。
かろうじて、しょう油がある。
さて、このような私が、たとえ材料が全部そろっていても、とても料理が出来上がると思えない。
たとえて言えば、「サルも木から落ちる」だろうか。
そういうことだから「豚の耳に念仏」だ。
ひこーきの飾り物。
ひっくり返せば鉛筆削りなのだが、ほとんど鉛筆を削ったことがない。
ただたんに飾り物として置いている。
ひこーきとしては、役目どおり鉛筆を削ってほしいのだろうか?
それとも鉛筆削ると汚れるから、削らないでほしいのだろうか?
そんなことにお構いなく、ただ飾り物として置いている。
入口から中に入ると、受付があり入場料を支払う400円。
写真はOKと言うのでバチバチ撮ろうと思ったのに、ほとんど撮りたいものがないのです。
入場者もほとんど居ません、私を含めて3人です。
展示品を眺めながら時計回りに歩いて行くと、なんとかシアターというところがあって、小さな映画館のようです。
映像が飛出して見えるというメガネをかけながらUFOの映像を見ていると、ほんとうに飛出してきて、思わず体をよけようと思いました。
さて、このシアターを出ると、もう何もありません。
あとは出口です。
外に出ると遊歩道があって「UFO道」と案内板がありました。
今回、ここに来て納得したものは、この案内板だけでした。
道の向こう側にみやげ店があったので覗いてみたけど、さほど品数は多くありません。
でも、せっかくだから記念に、手編みおみやげという毛糸でできているUFOを買いました130円。
さて、宇宙人の好物はすしなのか?ということについて、今回の調査では何も分かりませんでした。
この次はロズウェルに行って調べてみたいと思いますが、ちょっと遠いしお金もありません。
うーん、かっぱ寿司に行って聞いてみようか?
UFOふれあい館
〒960-1303 福島県福島市飯野町青木字小手神森1-299
電話 024(562)2002
たしかこの辺りなんだけど、カーナビがここに案内してくれたのだから、この近くにあると思う。
うーん分からない、しょうがないから帰ろうかと思ったとき、看板が見えた。
だけど、入口はどこなの?
おそるおそる扉を開け、尋ねる「あのぉー、博物館はどちらでしょう?」
すると、青年が「ここです。」と言う。
えっ! どこ?
青年「ここの2階です。3階もあります。見学料 200円です。」
はい 200円、靴を脱ぎ2階へと上ると、おお~っ! どれを見ても初めて見るものばかりだ。
楽器、鉄砲、仏像、装飾品、お面など、どれも初めて見る。
しかし、この仏像なんとなく変だ、2人抱合ってエッチしているように見える、そうなのだろうか?
一通り見て博物館を出る。
ふぅ~っ! つぎ行くか!
ネパール博物館
〒 965 – 0813 福島県会津若松市東山町石山院内109 – 1
TEL 0242 – 26 – 5629
私のブログのブクマークに「美術館めぐりとスケッチ旅行」とあるが、この中2011.11.5でミダス王のお話が書かれている。
そのミダス王のお話しの中で、ロバの耳のお話を超簡単に話すと以下のようになる。
太陽神アポロンと牧神パンが音楽の勝負をした。
誰もがアポロンの勝と思っているところへ、ミダス王は牧神パンの味方をした。
アポロンは怒って「おまえの耳がおかしいのだろう!」と言って、ミダス王の耳をロバの耳にしてしまった。
ミダス王は帽子を深く被ったりして耳を隠していたのだが、どうしても床屋にかかるときには帽子を脱がなくてはならなかった。
けしてこのことを喋ってはいけないと床屋にきつく口止めしたけれど、床屋は喋りたくて喋りたくてどうしようもなくなり、ある日川岸に穴を掘り、「王様の耳はロバの耳~っ!」と叫び、穴を埋めた。
その後、穴の周りに葦がたくさん生え、風が吹くと葦がざわめき、そのざわめきは「王様の耳はロバの耳~」と聞こえ、国中に知れ渡ってしまった。
軽自動車の2年点検お知らせはがきが来た。
もう、2年になるんだ。
今のホンダライフになってから、そして今のカーナビになってから、車でどこにでも行けるようになった。
注:どこにでもと言っても、空の上とか、海の底とかは無理ですから、じゃー行ってみろ! などということは言わないでください。あくまでも車で通れる道のあるところという意味ですから、お間違いのないようにお願します。
ガソリンも普通車の半分で済むから安上がりだ。
いきなり東北1周してしまった。
今思うと少しむちゃだった。
なんの予備知識もなく行ってしまった。
だいたい予備知識など持てるはずがない。
それまでが地理にがてで、旅に関心も無く、どこにも行ったことのない人が急に知識など持てるはずが無い。
そしてまた、ためらっていたら行けなかったと思う。
この東北1周がはずみとなり、碓氷から霧積、能登半島から東尋坊、田沢湖から十和田湖、スポット茨城、千葉から愛知、ふらり青森、ぶらり群馬、そして今回のぶらり会津と繋がった。
私の旅はどれも貧乏旅である。
お金が無いのかといえば、金はある。
たくさんは無いけど少しはある。
普通に旅館、ホテルに泊まりながら旅を続けるぐらいの金はある。
しかしながら、気もちが貧乏なのである。
貧乏旅が好きなのである。
そして、きまぐれ旅だから、いつ道が変わるかも知れないし、目的地が変更になるかも知れない。
今までに、出かけたけど途中から帰って来ちゃったことが何度もある。
出かけた途中で飽きちゃうのだ。
飽きてしまうという表現は可笑しいかも知れないが、そのぐらいきまぐれなのである。
そういうことだから、朝旅に出て夕方になり、今日はこの辺でお仕舞いにしようという距離感が全く予測できないので、旅館やホテルの予約などとてもできる訳が無い。
また、旅館の食べものを毎日食べていたら、太って腹が出て、立った状態で足の指が見えなくなってしまうではないか。
ニコ「今がそうだろう!」
うっせ!
だから私には貧乏旅がちょうどよいし、貧乏旅をする言い訳にもなっている。
ニコ「やっぱり言い訳じゃないか! 本当は貧乏なんだろう?」
そのような思いが詰まった私の車は2年点検をうける。
福島県会津、飯盛山といえば白虎隊が自刃したところとして有名だ(この辺りでは有名だ)。
白虎隊は16歳~17歳で構成され、戊辰戦争のとき飯盛山から若松城(鶴ヶ城とも言う、また、荒城の月のモデル)が燃え上っているのを見て、藩主に殉じようと20名が自刃したという。
しかし、事実は少しちがうようだが、話しとしては美しいほうがよい。
白虎隊のほか、玄武隊、朱雀隊、青龍隊などもあったようだが、ほとんど白虎隊の影に隠れて名前すら出てこない。
飯盛山の登り口には、みやげ店が両脇に並んでいる。
ちょうど江ノ島を思い出すが、江ノ島ほどの店の数はない。
江ノ島といえば、私が中学生だったころ本名は忘れたが、あだ名が江ノ島という先生がいて、禿げかかった頭の前にぽつんと一箇所髪の毛がある部分があって、その先生はその髪をとてもだいじにしていた。ちょうどその形が江ノ島に似ていたところから、誰もが江ノ島先生と言っていた。
ふだん生徒が悪びれもせず江ノ島先生と呼んでいるのを聞いていた父兄が、先生に挨拶をしようとして、ためらいもなく声をかけた。
「江ノ島先生! おせわになります!」
さて、
すると、すぐ脇で「登るのはたいへんです。」と録音された声が拡声器を通して何度も言っている。
そりゃー、たいへんだろうけど、自分で喋らず録音機に喋らせているのは誰だ!
見ると、ベルトコンベアみたいなものがあって、それに乗って登るらしい、料金はよく見なかったけど 250円だったかな?
貧乏人の私はお金がないので自力で登る。
かなりきつい、登り終えたとき足がふらついた。
足の筋肉も
しょうがない、 250円あったらすき家の牛丼(ただいま値引き期間中)1回食べられるから。
飯盛山の頂上で白虎隊の墓や、記念碑など見て山を降りる。
飯盛山
〒 965 – 0003 福島県会津若松市一箕町飯盛山