ドゥルーガ、カーリーと三位一体の女神、パールワティーの画像はネットではこんなのしかありませんでした。
パールワティーは「美の女神」なので過度に美化されており、実物のパールは金髪ですがこんな風に「盛った」画像を中国語ブログのプロフィールに載せます。
彼女のロシア語で書いたブログは削除されてしまいましたが、それは多くの人がコピーするほど人気が高く、英語にも翻訳されていて、パール-ソルジェニーツィンはロシアのネット世代を代表する作家でした。
言論統制を強めるロシアでは、伝統的な「文壇」は事実上死んでおり、自由に発表できる場はネットしかありません。
しかしそれも監視され、些細な書き込みでも逮捕される様になってしまいました。
もはやロシアで書くコトが出来なくなったパールは亡命するしかなく、資金的には知名度を活かして西側からの支援を集められたので、仲間たちを助けるコトも出来たとします。
彼女は「砂漠のオアシス」敦煌に潜伏し、そこの街頭で「闇っ子」の孤児に手を握られます。
これはインドやカンボジアなどでもシバシバあるコトで、子供の手を振りほどけないと何か買ってあげるハメになります。
パールはもちろん手を振りほどいたりはせず、むしろ友達になって中国語を教えて貰おうとします。
その優雅な振る舞いに感動した孤児は、彼女を孤児院に案内してもてなし、一緒に住んでくれと頼みます。
これはパールにとって願ったり叶ったりで、ボランティアでも仕事をしていれば長期滞在の言い訳が立ちます。
そこでパールは徳流河(ドゥルーガ)と出会い、そのサポートによって念願の中国語ブログ登壇を果たします。
ペンネームはドゥルーガにあやかってパールワティーとし、「八路和提」の字を当てます。
「八路」は共産党軍の呼称で、中共は軍事政権なので「党(ドン)」そのモノを差す表現になっています。
「和」は中国語ではホァと発音し、これは実際のパールワティーの発音により近いと言えます。
亡命したパールの行方を追うロシア当局も、中国語は読めないので「八路和提」で見付かる心配はなく、始めはタドタドしい中国語でスタートしますが、それも可愛くロシア人美少女をアピールできると、流河が計算してそのままにしました。