こんにちは!!
今日は持久走でした。
暑くて大変でしたが、クラス全員無事に走りきれました!
よかったです。
ところで。
今日の話題は精神衛生上あまり良くない話なので、暗くなりたくない人は読まないでください汗
私が今まで17年の人生で一番辛かったのは中1の時だと思います。
特に夏休みから10月の終わりくらいまでが辛かったです。
なぜか毎日言われる悪口が一番辛かったですが、友だちがいないせいで1人でお弁当を食べる時間も堪えました。
バレないように屋上の入り口でコソコソ食べたり、食べずに帰って家で1人で食べたりしていました。
親にバレないように帰ったら自分の部屋に行って、とりあえず食べて何事もなかったかのように過ごしていました。
この時の私には辛いという感情はありませんでした。
毎日生きているだけで精一杯だったんです。
とにかく人に頼ることができなかったので、1人で耐えていました。
そんな私をどうにかこの世に繋ぎ止めてくれたのが自傷行為でした。
ストレス解消の一種です。
人間として防衛本能が備わっているのに、その殻を打ち破ることでストレスを発散していたんですね。
誰にも頼れないからリスカに頼るしかなかったんです。
実は私、この時リスカが異常なことだとわかっていませんでした。
もちろんしていいことではないことは知っていました。
でも、辛いことがあったら切るのが当たり前で、その一線を越えることが日常だったんです。
だから気付きませんでした。
仮にも体を傷つけて血を出す行為です。
一歩間違えればいつ死んでもおかしくありません。
その行為に異常性を感じなくなるほど追い詰められていたんです。
当時の私はこれしか解決方法がないと思っていたので、止めて欲しくありませんでした。
どんなに辛いことがあってもリスカすれば収まると思っていたからです。
「そんなことしたって死ねないんだから、ただのかまってちゃんでしょ。心病んでる人がすることだよ。気持ち悪い。」
と母親に言われましたが、本人は死ぬためにリスカをしていたわけではありません。
死ぬ方法は別に考えていました。
構ってほしいわけでもなく、死にたいわけでもなく、ただのストレス発散に過ぎません。
たまたま人に迷惑をかけない方法を考えたらそうなっただけです。
その唯一にして最大のストレス解消を奪われた時、私の辛さはどこへ行けばいいのでしょう。
それがなくなったら私は辛さに耐えきれなくなると思っていたんですね。
だから止められるのが嫌だったんです。
正確にいえば怖かったんです。
理解できないことだっていうのはわかっているから、理解してくれなくていい。
止めないでいて欲しかったんです。
止めるならほかのストレス解消法を私に教えて、と思っていました。
ただ、リスカをはじめとする自傷行為は本当に危険です。
ストレス解消で得られる代償にしては大き過ぎます。
残らない傷がつくことはもちろん、下手したら死にます。
最初はみんなが気に留めないレベルの浅い傷です。
そこから誰にも止められず時間が経てば100%悪化します。
そして静脈、神経、最後には動脈を切って...。
というところまで到達してしまうことでしょう。
そうならないためには周りに止めてもらえないといけないんです。
本人は異常性に気づけていないことも多くあるからです。
止められると苦しい。
でも、止めてくれる人がいないと悪化する一方。
ここに葛藤が生まれるわけです。
リストカットを人に見えるようにしたらかまってちゃんだと言われるでしょう。
もちろん最初から見せることが目的で切っている人もいますが、大抵の場合はなにか辛いことがあったから切っています。
しかし、一番問題なのは本人が
「自分が辛いということをわかっていない」
ことです。
なにが理由かわからないのに、ただ腕を切り続けている状況は危険極まりないのです。
自分のストレスに気づけていない、その理由にも気づけていない。
そんな中で腕を切ってもはっきりいってなにも解決しません。
起こるのは蓄積されたストレスのせいで傷が深くなることくらいでしょう。
自分の辛さに気づけていない時に、もし誰かが腕の傷に気づいて、話を聞いてくれたら、「自分は今辛いんだ」
ってわかるかもしれません。
もちろん口で言えるのが一番です。
でも、どうしても周りに言えない人はいます。
気遣いすぎる人に多いです。
そんな人が周りに出すサインだとしたら、簡単には見過ごせません。
もし、ただリストカットを否定するだけなら触れないでいてくれるのが一番です。
わがままですけどね。
いいことではないのは本人もわかっています。
自己嫌悪に陥っているなか、他人に否定されたら辛さが倍増してしまいます。
私の場合は母親に否定されました。
仕方のないことです。
でも、その代わりに話を聞いてくれる友達と、先生に出会えました。
本当に感謝しています。
これは経験した人にしかわからないことです。
こんな経験誰がしたいでしょうか。
したい人なんていないと思います。
でも、たまたまそういう道を通ってしまったからには、役立たせるほかありません。
色々な人から教えてもらったこと、そして自分が経験してきたつらさ。
それを他人を救うことに役立てられたら、あの辛い日々にも多少の意味があったと自分を慰められます。
リストカットを頭から否定しない先生になれれば一番です。
そこに話を聞くセンスを付け加えられれば、なお良いので、今日から話を聞く力をつけていきたいと思います!
長い長いブログを読んでくださってありがとうございました。
今日は持久走でした。
暑くて大変でしたが、クラス全員無事に走りきれました!
よかったです。
ところで。
今日の話題は精神衛生上あまり良くない話なので、暗くなりたくない人は読まないでください汗
私が今まで17年の人生で一番辛かったのは中1の時だと思います。
特に夏休みから10月の終わりくらいまでが辛かったです。
なぜか毎日言われる悪口が一番辛かったですが、友だちがいないせいで1人でお弁当を食べる時間も堪えました。
バレないように屋上の入り口でコソコソ食べたり、食べずに帰って家で1人で食べたりしていました。
親にバレないように帰ったら自分の部屋に行って、とりあえず食べて何事もなかったかのように過ごしていました。
この時の私には辛いという感情はありませんでした。
毎日生きているだけで精一杯だったんです。
とにかく人に頼ることができなかったので、1人で耐えていました。
そんな私をどうにかこの世に繋ぎ止めてくれたのが自傷行為でした。
ストレス解消の一種です。
人間として防衛本能が備わっているのに、その殻を打ち破ることでストレスを発散していたんですね。
誰にも頼れないからリスカに頼るしかなかったんです。
実は私、この時リスカが異常なことだとわかっていませんでした。
もちろんしていいことではないことは知っていました。
でも、辛いことがあったら切るのが当たり前で、その一線を越えることが日常だったんです。
だから気付きませんでした。
仮にも体を傷つけて血を出す行為です。
一歩間違えればいつ死んでもおかしくありません。
その行為に異常性を感じなくなるほど追い詰められていたんです。
当時の私はこれしか解決方法がないと思っていたので、止めて欲しくありませんでした。
どんなに辛いことがあってもリスカすれば収まると思っていたからです。
「そんなことしたって死ねないんだから、ただのかまってちゃんでしょ。心病んでる人がすることだよ。気持ち悪い。」
と母親に言われましたが、本人は死ぬためにリスカをしていたわけではありません。
死ぬ方法は別に考えていました。
構ってほしいわけでもなく、死にたいわけでもなく、ただのストレス発散に過ぎません。
たまたま人に迷惑をかけない方法を考えたらそうなっただけです。
その唯一にして最大のストレス解消を奪われた時、私の辛さはどこへ行けばいいのでしょう。
それがなくなったら私は辛さに耐えきれなくなると思っていたんですね。
だから止められるのが嫌だったんです。
正確にいえば怖かったんです。
理解できないことだっていうのはわかっているから、理解してくれなくていい。
止めないでいて欲しかったんです。
止めるならほかのストレス解消法を私に教えて、と思っていました。
ただ、リスカをはじめとする自傷行為は本当に危険です。
ストレス解消で得られる代償にしては大き過ぎます。
残らない傷がつくことはもちろん、下手したら死にます。
最初はみんなが気に留めないレベルの浅い傷です。
そこから誰にも止められず時間が経てば100%悪化します。
そして静脈、神経、最後には動脈を切って...。
というところまで到達してしまうことでしょう。
そうならないためには周りに止めてもらえないといけないんです。
本人は異常性に気づけていないことも多くあるからです。
止められると苦しい。
でも、止めてくれる人がいないと悪化する一方。
ここに葛藤が生まれるわけです。
リストカットを人に見えるようにしたらかまってちゃんだと言われるでしょう。
もちろん最初から見せることが目的で切っている人もいますが、大抵の場合はなにか辛いことがあったから切っています。
しかし、一番問題なのは本人が
「自分が辛いということをわかっていない」
ことです。
なにが理由かわからないのに、ただ腕を切り続けている状況は危険極まりないのです。
自分のストレスに気づけていない、その理由にも気づけていない。
そんな中で腕を切ってもはっきりいってなにも解決しません。
起こるのは蓄積されたストレスのせいで傷が深くなることくらいでしょう。
自分の辛さに気づけていない時に、もし誰かが腕の傷に気づいて、話を聞いてくれたら、「自分は今辛いんだ」
ってわかるかもしれません。
もちろん口で言えるのが一番です。
でも、どうしても周りに言えない人はいます。
気遣いすぎる人に多いです。
そんな人が周りに出すサインだとしたら、簡単には見過ごせません。
もし、ただリストカットを否定するだけなら触れないでいてくれるのが一番です。
わがままですけどね。
いいことではないのは本人もわかっています。
自己嫌悪に陥っているなか、他人に否定されたら辛さが倍増してしまいます。
私の場合は母親に否定されました。
仕方のないことです。
でも、その代わりに話を聞いてくれる友達と、先生に出会えました。
本当に感謝しています。
これは経験した人にしかわからないことです。
こんな経験誰がしたいでしょうか。
したい人なんていないと思います。
でも、たまたまそういう道を通ってしまったからには、役立たせるほかありません。
色々な人から教えてもらったこと、そして自分が経験してきたつらさ。
それを他人を救うことに役立てられたら、あの辛い日々にも多少の意味があったと自分を慰められます。
リストカットを頭から否定しない先生になれれば一番です。
そこに話を聞くセンスを付け加えられれば、なお良いので、今日から話を聞く力をつけていきたいと思います!
長い長いブログを読んでくださってありがとうございました。