新疆時間3時、北京時間6時。
早朝のトルファンに着く。
ウルムチレベルの寒さを想像していたが思いのほか暖かい。
もう三月だ。
オリオン座は地平に沈みかけていた。
駅は市街地から離れていて、バスで小30分かかる。
トルファンの朝は暗く街灯だけが進むべき道を照らしていた。
寝ぼけなまこの中、夢を見た。
自分が楼蘭美女のように砂漠を彷徨う夢。
骨をたどりやっと見つけたオアシス。
泉で水を飲んだところで夢は終わった。
故城を訪れる。
交河故城も高昌故城も市街地から離れている。
オアシス都市の場合は鉄道路よりも水脈のほうが大切なのだろう。
薄く紅色に染まる雲が彫刻都市を包む。
シルクロードはどこもそうだ──乾いていて暖かい。
人の手で彫られた谷の新しい一日が始まる瞬間。
街が目覚める瞬間。
古代に捨てられたはずの都市なのに、はしゃぐ子供たちが目の前をよぎっていった。
そんな気がした。
うってかわって昼の太陽に照らされる高昌故城。
近くに見えていた仏塔は思ったより遠かった。
青い空に土の塔が聳え立つ。
起伏に富んだ道を二人歩いていると、オートバイタクシーが声をかけてきた。
ぼんやりと土を触る。
穴を覗き込む。
盆地の暑さ寒さは尋常でないことは日本の生活で知っているが、きっと高昌国の生活は厳しいものだったのだろう。
新疆に屯田でやってきた漢人。
土壁も風に晒されて半分以上が崩れていたが、かすかに中華の香りを感じた。
「皆さーん行きますよー」
陳さんののびた声がどこからか聞こえてくる。
トルファンから列車に乗る。
ここからひたすら3連泊。
シャワー無しや青空トイレ、鉄臭い水など日本ではありえない環境だったが、それなりに順応してきた。
トイレは穴さえあればいい。
そう確信するまでにも至った。
きっともうどこにいっても大丈夫だ。
帰国したら友達に自慢してやろう。
逞しくなった私を見せ付けてやろう。
ゆっくりと考える、ゆっくりと思う。
車窓をながめながら時計の音を聞く。
時が経つのを待つ。
多分こんな日はしばらく来ないだろう。
日本に帰れば慌しい日々が始まる。
サークル、バイト、買い物、新歓、授業、試験、就職・・・現実的な行事を淡々とこなしていく。
今までもそれなりに現実と非現実を交互に繰り返してきたが、これからはゆっくり考える暇もないだろう。
読書や映画を楽しむ暇もないかもしれない。
それでいいのだろうか。
いいはずがない。
心には栄養が必要なのだ──この夕陽のような。
山間の村に暗がりが落ちていく。
灯が点る。
家庭に帰る自転車たち。
鉄橋を横切る列車。
ふと我が家を思った。
今まで全身で生きてきたつもりだ。
これからだって全身で感動して絶望してそれでも希望を持って生きていく。
それがこの世に生んでくれた、育ててくれた両親への感謝のカタチだ。
西安で張さんを下ろした列車は河西回廊を抜ける。
ただひたすらに東へ向かう。
夜の車窓を眺めながら、シルクロードでの出会いと別れを思い出した。
列車でであったウイグル人、ヤルカンドの少年、ホータンの4兄弟、陳さん周さん、張さん。
そのたびに「再見」と笑顔で言ってきた。
また会おうね──素敵な言葉だ。
さよならなんで言わない。
また会えるんだ。
同じ太陽と同じ空を見てるんだから。
上海ではシャオシャオと、神戸では皆と別れることになる。
でもそれは別れではなく、道が続いているだけだ。
分岐する線路がそう教えてくれた。
この線路はあの夜に見た新宿駅から続いている。
これから先、どこまでも続いている。
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→〈05冬、シルクロード・タクラマカン周遊〉西安~上海~神戸
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