2005年、夏。
長崎にて。
「観光のかたですか?」
「はい」
「もしかしてお一人で?」
「ええ」
「よろしかったらご一緒しません?」
明美さんと話したのは、長崎駅前のコインロッカーだったかな。
本当は昨晩のうちに会っていたんだ。
長崎駅の駅前で、健康ランド行きのバスを待っていた。
修学旅行のメッカとはいえ田舎町然り、夜8時を過ぎると駅前以外は街灯しか点らない。
しかも長崎は山に挟まれた町だから、終バスを逃すと必殺駅前野宿。
真夏の夜行列車2連泊明けにそれだけはどうしても避けたかった。
ちゃんぽんを食べた後、いつまで経ってもこないバスを待っていた。
若い女性が2人。
「○○センター行き最終です」
交番前にバスが着く。
荷物と眠気をひきずって乗り込む。
乗客は私とその女性だけ。
バスは長崎の山をグングン登っていった。
中腹の開けた道で延々と宣伝ばかり唱えていたアナウンスが言った。
「長崎の夜景をごらんください」
「綺麗…」
「綺麗…」
山と海に散りばめられた宝石。
その美しさの感動を2人同時に呟いたものだから、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
少し気まずさもあり、軽く会釈。
明美さんの声を聞いたのはそのときが初めてだった。
健康ランドに着いたらまっさきに風呂にむかった。
おばあちゃんだらけの中に若い女性。
私もそうだったんだろうけどやっぱり目立つ。
――さっきのバスで一緒だった人だ。
2日ぶりの湯船に浸かりながら、横目で伺う。
同い年くらいかなあ。
20歳は越えてるか。
さっきも一人だったし一人旅かしらん。
やっぱりいるんだな、女一人旅。
夜仮眠室で寝るときボンヤリと彼女のことを考えた。
大学生かなあとか。
どこから来たんだろうとか。
翌朝、ひとっ風呂浴びてからまたバスに乗った。
席に座ってから驚いた。
あれ、昨日の――。
やっぱり一人旅なんだ。
夜景のアナウンスはなかったけれど、昼の長崎も長崎らしい趣があった。
景色を見るフリをして、ちらちらと彼女のことを伺っていた。
それでも駅前でバスを降り、コインロッカーに荷物を詰めたときだった。
「観光のかたですか?」
「はい」
その女性――明美さんはニッコリと笑ってそれから言った。
「私も一人旅で長崎初めてなんです。ご一緒しません?」
宮崎から来た明美さんは、私が埼玉から来たと言うとひどく驚いていた。
彼女もまた大学生で学生最後の夏休みを利用して初めての一人旅なんだとか。
私が一人旅の常連さんだと言うと、さらにひどく驚いていた。
「やっぱり珍しいんですか」
「憧れだよ。すごいすごい」
2人で地図を見合って話していたら、とりあえず長崎まで来たんだから教会に行こうということになった。
目指すは大浦天主堂。
「東京は修学旅行で行ったきりだなあ」
「どこ行ったんですか?」
「渋谷と浅草と東京タワーと都庁と…」
「東京見物でよね」
「どこも人ばっかりだったなあ。渋谷なんか特に」
「静かで人の少ない東京もありますよ」
「へぇー行ってみたい!」
「案内しますよ」
路面電車を乗り継いでたどり着いた大浦天主堂。
宗教建築物らしく脳天がスッと生き返るような空間。
「教会とかお寺とか神社とか…多分モスクもそうなんだろうけど、宗教の建物ってなんか力あるよね。天井高いせいかなあ」
「……そうですねぇ……」
「別に無宗教だけどやっぱりなんかあるよねぇ」
「ありますあります。なんかこうハッカ飴みたいな」
「神様とハッカ飴一緒にしちゃだめだよぅ」
「えーじゃあミント!チョコミント!」
「ミントはわかるけどチョコミントはないなぁ」
「私あの味はどーしても許せないんですよ。甘いものとミント…っつーか歯磨きしながら飯食ってるみたいな?」
「すごい!そんなたとえする人初めてみたぁ!もうチョコミント食べれないよ私」
2人で笑っていた。
階段を下って。
また上って。
おみやげ屋を覗いて。
オルゴール鳴らして。
立ち止まって写真撮って。
腹を抱えて笑って。
つい1時間前(正しくは昨夜)に会ったとは思えなかった。
ずっと友達で、一緒に旅をしている。
2人で分けたカステラをかじり港の景色を眺めながら、そんなことを思っていた。
路面電車が駅に近づく。
特急かもめが見える。
港から船が出る。
それぞれが別方向に行く。
「明美さんこれからどこへ行くんですか?」
「五島列島のほうに行こうかなって。○○ちゃんは?」
「とりあえず今日は熊本に南下します」
「別方向だね…」
分かっていた。
長崎から出れば赤の他人だってこと。
それまでずっと笑っていたのに、なぜか話題がなくなった。
なかなか言い出せなかった。
言ったらお別れのような気がしたんだ。
路面電車がプスンッと停まる。
「長崎駅前です」
「じゃあこのへんで…」
「本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます」
「また――」
「また――」
長崎本線が動き出す。
遠ざかる町並みを眺めながら。
歩いて笑った一時を思い出しながら。
最後に握手した温もりを思い出しながら。
1人旅の寂しさってこういうことだ。
ホームシックでも宿の不安でもない。
出会ったら別れなければならない。
旅とはそういうものだ。
それが旅なら私は旅なんかしたくないなあ、なんて考えていたら車窓に絶景が飛び込んだ。
センチメンタルはふわっと消えた。
「きれい……」
明美さんも今同じこと考えていたりするのかなあ。
なんてね。
長崎にて。
「観光のかたですか?」
「はい」
「もしかしてお一人で?」
「ええ」
「よろしかったらご一緒しません?」
明美さんと話したのは、長崎駅前のコインロッカーだったかな。
本当は昨晩のうちに会っていたんだ。
長崎駅の駅前で、健康ランド行きのバスを待っていた。
修学旅行のメッカとはいえ田舎町然り、夜8時を過ぎると駅前以外は街灯しか点らない。
しかも長崎は山に挟まれた町だから、終バスを逃すと必殺駅前野宿。
真夏の夜行列車2連泊明けにそれだけはどうしても避けたかった。
ちゃんぽんを食べた後、いつまで経ってもこないバスを待っていた。
若い女性が2人。
「○○センター行き最終です」
交番前にバスが着く。
荷物と眠気をひきずって乗り込む。
乗客は私とその女性だけ。
バスは長崎の山をグングン登っていった。
中腹の開けた道で延々と宣伝ばかり唱えていたアナウンスが言った。
「長崎の夜景をごらんください」
「綺麗…」
「綺麗…」
山と海に散りばめられた宝石。
その美しさの感動を2人同時に呟いたものだから、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
少し気まずさもあり、軽く会釈。
明美さんの声を聞いたのはそのときが初めてだった。
健康ランドに着いたらまっさきに風呂にむかった。
おばあちゃんだらけの中に若い女性。
私もそうだったんだろうけどやっぱり目立つ。
――さっきのバスで一緒だった人だ。
2日ぶりの湯船に浸かりながら、横目で伺う。
同い年くらいかなあ。
20歳は越えてるか。
さっきも一人だったし一人旅かしらん。
やっぱりいるんだな、女一人旅。
夜仮眠室で寝るときボンヤリと彼女のことを考えた。
大学生かなあとか。
どこから来たんだろうとか。
翌朝、ひとっ風呂浴びてからまたバスに乗った。
席に座ってから驚いた。
あれ、昨日の――。
やっぱり一人旅なんだ。
夜景のアナウンスはなかったけれど、昼の長崎も長崎らしい趣があった。
景色を見るフリをして、ちらちらと彼女のことを伺っていた。
それでも駅前でバスを降り、コインロッカーに荷物を詰めたときだった。
「観光のかたですか?」
「はい」
その女性――明美さんはニッコリと笑ってそれから言った。
「私も一人旅で長崎初めてなんです。ご一緒しません?」
宮崎から来た明美さんは、私が埼玉から来たと言うとひどく驚いていた。
彼女もまた大学生で学生最後の夏休みを利用して初めての一人旅なんだとか。
私が一人旅の常連さんだと言うと、さらにひどく驚いていた。
「やっぱり珍しいんですか」
「憧れだよ。すごいすごい」
2人で地図を見合って話していたら、とりあえず長崎まで来たんだから教会に行こうということになった。
目指すは大浦天主堂。
「東京は修学旅行で行ったきりだなあ」
「どこ行ったんですか?」
「渋谷と浅草と東京タワーと都庁と…」
「東京見物でよね」
「どこも人ばっかりだったなあ。渋谷なんか特に」
「静かで人の少ない東京もありますよ」
「へぇー行ってみたい!」
「案内しますよ」
路面電車を乗り継いでたどり着いた大浦天主堂。
宗教建築物らしく脳天がスッと生き返るような空間。
「教会とかお寺とか神社とか…多分モスクもそうなんだろうけど、宗教の建物ってなんか力あるよね。天井高いせいかなあ」
「……そうですねぇ……」
「別に無宗教だけどやっぱりなんかあるよねぇ」
「ありますあります。なんかこうハッカ飴みたいな」
「神様とハッカ飴一緒にしちゃだめだよぅ」
「えーじゃあミント!チョコミント!」
「ミントはわかるけどチョコミントはないなぁ」
「私あの味はどーしても許せないんですよ。甘いものとミント…っつーか歯磨きしながら飯食ってるみたいな?」
「すごい!そんなたとえする人初めてみたぁ!もうチョコミント食べれないよ私」
2人で笑っていた。
階段を下って。
また上って。
おみやげ屋を覗いて。
オルゴール鳴らして。
立ち止まって写真撮って。
腹を抱えて笑って。
つい1時間前(正しくは昨夜)に会ったとは思えなかった。
ずっと友達で、一緒に旅をしている。
2人で分けたカステラをかじり港の景色を眺めながら、そんなことを思っていた。
路面電車が駅に近づく。
特急かもめが見える。
港から船が出る。
それぞれが別方向に行く。
「明美さんこれからどこへ行くんですか?」
「五島列島のほうに行こうかなって。○○ちゃんは?」
「とりあえず今日は熊本に南下します」
「別方向だね…」
分かっていた。
長崎から出れば赤の他人だってこと。
それまでずっと笑っていたのに、なぜか話題がなくなった。
なかなか言い出せなかった。
言ったらお別れのような気がしたんだ。
路面電車がプスンッと停まる。
「長崎駅前です」
「じゃあこのへんで…」
「本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます」
「また――」
「また――」
長崎本線が動き出す。
遠ざかる町並みを眺めながら。
歩いて笑った一時を思い出しながら。
最後に握手した温もりを思い出しながら。
1人旅の寂しさってこういうことだ。
ホームシックでも宿の不安でもない。
出会ったら別れなければならない。
旅とはそういうものだ。
それが旅なら私は旅なんかしたくないなあ、なんて考えていたら車窓に絶景が飛び込んだ。
センチメンタルはふわっと消えた。
「きれい……」
明美さんも今同じこと考えていたりするのかなあ。
なんてね。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます