妄想ジャンキー。202x

人生はネタだらけ、と書き続けてはや20年以上が経ちました。

【ショートショート】UFO

2024-11-19 21:36:00 | 物書き
「いたいた、久しぶり」
「……久しぶり」
別れを告げた日から10年は経っているはずなのに、彼は暗い店内ですぐに私を見つけ、私も声をかけてきた男性が彼だとすぐに分かった。

偶然にも元彼をSNSで見つけた。
DMを送ってみたらせっかくだから飲もうということになった。
普段よく使うチェーンの居酒屋ではなく、お酒の美味しいお店を予約していた。
久しぶりに会うのだから。
せっかくだし良いもの食べたい飲みたいから。
オープン席でもいいかなと迷ったけれど、でもやっぱり個室のほうかなと個室にした。
あんまり騒がしいのは嫌だから。
個室の方が落ち着いてゆっくり話せるから。
これは下心なんかじゃない。
5分前までそう思っていたはずなんだけれど、着席早々に袖をまくり、ネクタイを片手で緩める手に目を奪われてしまった。
「どうかした?」
「ううん、なにも。乾杯しよう?」
ビールジョッキを握る大きな手。
この手、好きだったんだよなあ、とガラスの底越しに見つめる。

大学卒業してアパレル関係に就職したとか、実家を出て五反田のアパート住んでるとか、あの子とあの子は結婚したとか。
そんな近況報告に花が咲いた。
「てか和美ちゃんは結婚してるの?」
あまりに自然の流れで聞くものだから、一瞬面食らってしまった。
「結婚してたらこんなサシ飲み来てないから」
「そりゃそうだわ」
「近江くんはまだ独身?」
彼はすぐには答えなかった。
黙って俯いて、枝豆のさやを指で突いている。
ビールのジョッキが汗をかいている。
「えっ」
「やだな、独身だよ」
イタズラに彼が笑った。
修羅場は勘弁して、と私は口を尖らす。
昔もこんなだったな、私たち。

半年くらい前に、平成が終わり令和が始まった。
時が音を立てて流れていくことに、戸惑いも感じていた。
彼の笑顔が変わらないことと、彼がまだ独り身だということに安堵していた。

お酒はそんなに好きじゃなかったけれど、なぜだろう、今日のお酒はとても美味しくて、とても楽しい。
顔や身体が何回か近づいて、何度かうっかりキスしそうになり、そのたびにハッと我に帰った。
今はもう彼氏と彼女じゃない。
そこだけ理性が働く自分が少しもどかしくもあった。

「去年の同窓会、なんで来なかったの?」
「仕事忙しかったんだよ」
「それは残念」
「俺に会いたかったの?」
「うん、会いたかった」
普段はさらけ出せすのを躊躇するような本音も、この人相手なら素直になれる。
彼の声が耳に気持ちよく響く。
この声もこの響きも好きだったな。
私、今酔ってる。
彼も多分酔ってる。
お互いが酔ってることにお互い気づいている。
お酒のせいもあるんだけど、心が気持ちよく宇宙空間を泳いでいる。
夢見たいな時間だな、なんて思っていた。

「ラストオーダーのお時間です」
店員の声が響いて、ふっと現実に引き戻された。
もうそんな時間、と時計を見ると、すでに23時を回っている。
「もうこんな時間」
「楽しかった、こんなに笑ったの久しぶりかも」
お会計おねがいします、と呼べば店員がやってくる。
支払いを終えて財布をしまい、上着を羽織って、あのドアを開けたらもうおしまい。
帰りたくないな、と10年前の私が喉元まで出てくる。

駅までの距離を考えれば、ぼちぼち歩き出さなくては終電を逃すことになる。
時間の計算をしている頭の中の冷たい部分が、熱を帯びていくのがわかった。
どうして今になって惹かれてしまうんだろう。
そもそも惹かれてるのかな。
ただ懐かしくなってるだけな気もするけど。
でも今はもう少しこの宇宙空間を泳いでいたい。

ゆっくりと重い扉を開けて、私たちは路地を歩き出した。
ビルとビルの間の狭い路地は2人横並びで歩くには狭く、前後に並ぶ形になった。
さっきまでは絶え間なくしゃべって笑い合ってたのに、何も言えなかった。
先を歩く彼も何も言わなかった。

「てか和美ちゃんさ」
前を歩く彼の声が少し遠くに聞こえる。
「なんでしょう?」
「終電何時なの」
「わたし?」
「そう」
「……今から駅まで猛ダッシュ間に合うかな」
私が言うと、彼は立ち止まった。
「するの?猛ダッシュ」
振り返った彼を見上げる。
大好きな手に包まれた。
彼の胸の内が聴こえてくる。
私の胸の内も多分彼に聴こえている。
今夜私たちは共犯者になる。

空からUFOが降ってきて、私たちは宇宙空間へ連れ去られる。
それは甘く、懐かしい世界。

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