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邪馬台国の大研究 其八 (私の解釈3)

2018-03-21 13:43:00 | 邪馬台国
鳥は卵が孵化した時、初めに目にしたものを親と認識するそうで、それを刷り込みと言うそうです。

そういえばドラえもんのアニメ《のび太と恐竜》で恐竜の赤ちゃんが卵から孵化した時、初めに目にしたのがのび太だったので、恐竜の赤ちゃんはのび太のことを、親と認識してしまったという話がたしかあったような・・・

私は、中国で後世、政権を得た国が、史書を作成する時、魏志倭人伝、及び、その他の資料を参考に編纂した、学識があって、権威のある人物が邪馬台国への道程が順番に書かれたと思って解釈してしまい、手を加えて書き直したため、後世の邪馬台国研究家に邪馬台国の場所をわからなくさせてしまったのではないかと考えてます。

(古事記、日本書記が書かれた時代、或いはもっと前の時代には、そういった間違った解釈の史書は日本に入ってきており、当時の学識があって、権威のある人物が、語釈した資料を鵜呑みにして、定着してしまったと考えてます。)

裁判の判例もそうですが1度定説の様なもの(形)が出来上がってしまうと、それを変えるのは容易ではない。

地動説の時も、天動説が定説にあったので、否定するのは困難だった。(素直に受け入れがたい事情もありましたので・・・。)
しかし、正しい事(地動説)は正しいと支援する人たちのお力で陽の目を見ることができました。

私はどこの学会にも属さず、なんの柵もない立場で純な気持ちで邪馬台国の場所を知りたいと、邪馬台国の研究?を始めたアマチュアです。

私は、いろいろな方がお調べになった研究資料を見させて頂きましたが、やはり根本の問題は魏志倭人伝(邪馬台国の場所の説明)の解釈の仕方に原因があると、思っています。

私は世間に公表するようなルートがあるわけなく、このまま私の解釈を埋もらせたくないのでこのブログに公表しましたが

砂漠に何か塵が1つ落ちてるが如く、
宇宙規模の数字のWEBページがある中で私のブログの解釈はそのまま見つけて貰えないかも知れませんが''''''、

貧しい家の娘が嫁ぐ時、親は娘のためにせめて花嫁衣装だけはと思う気持ちと一緒で、
私も私の解釈にも何か着せてあげたいと思いました。

自分では何の柵が無い立場で純真に解釈致しましたので、
中国表示の光明正大から2文字取り、

「光正解釈説」 (こうしょうかいしゃくせつ)
という名を着せました。

次回の魏志倭人伝の説明は、今、中国船がある末盧國からです。



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邪馬台国の大研究 其七(私の解釈2)  

2018-03-19 14:12:00 | 邪馬台国
倭人在帶方東南大海之中
( 倭人は帯方の東南方面の大海の中に在ります。)

從郡至倭 循海岸水行 歴韓国 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里
(郡より倭に至るには、海岸に循いて水行し、韓国を歴て、南に行ったり又東に行ったりすると、その<倭国の>北岸の狗邪韓国に到る。七千余里。)

(從郡至倭)
群から倭に至るには・・・と書いてあり
(從郡至邪馬台国)
群から邪馬台国に至るには・・・とは表記してません、なので魏志倭人伝は邪馬台国への道程を書いたのではないことがわかります。
倭国とは倭国という実在する1つの国家があるのではなく、倭人が住んでる所の地域(場所)と解釈したほうが良い。
以前ソ連国がありましたがソ連国という国家がどこかの場所にあったのではなく、
連合国の総称として使われてました。
倭国も倭人が住んでる場所の総称として使用していたと思います。

到其北岸狗邪韓國の其はその前の從郡至倭の倭を指します。
また狗邪韓国まで群から7000里とだけあり、狗邪韓国の説明は有りません。
ゆえに、狗邪韓国はまだ倭人が住んでる所ではないとわかります。

始度一海 千餘里 至對海國 
(狗邪韓国から始めて一つ海を越すこと千里余りで対海国に至る。)
 魏志倭人伝はこの対馬国から戸数とか環境等を説明を始めてます。
魏志倭人伝は倭人(倭国)の紹介してる条ですので、この対馬国から倭国ですよと説明が始まってます。

又南渡一海 千餘里 名日瀚海 至一大國
( 対馬国から又、南へ名を瀚海と曰う海をひとつ渡る。千里余りで。一大国に至る。)

又渡一海 千餘里 至末盧國 
「一大国から又、一海を渡る。千余里。末盧国に至る。
又渡一海と書いてあり、この箇所には方向の表示がありません。
そして中国船は九州本土の末盧国に着きました。

次から中国語学習歴15年の私が解釈した説明に入ります。



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邪馬台国の大研究 其六(私の解釈1)

2018-03-19 13:53:00 | 邪馬台国
私が中国語の文(故事等)を訳す時、そのまま訳すと辻褄が合わなくなる時があります。中国語の老師はそのまま日本語にするのではなく
中国語を訳す時は前後の文脈、全体の内容等、加味してそれにあった日本語にしないとだめと指導してくれます。

ということで、さっそく私の解釈で邪馬台国の場所を魏志倭人伝(原文)から、ひも解いて行きたいと思います。

魏志倭人伝(原文)は、邪馬台国に行く道案内の説明文ではなく、倭人及び倭国の紹介内容が書いてあります。
倭国には邪馬台国有りと文の初めの部分に書いてあれば
邪馬台国への道程が書いてあっても矛盾は有りませんが。
倭人(倭国)はどこどこにあり、そして倭国にはこれこれと言う名の国が何処何処にあります。そして魏国と友好関係を結んだ邪馬台国はどこどこにあると、倭国の紹介に始まり、其のあと倭人はこうですよと説明してる倭国倭人紹介説明文です。
距離の表示は7000余里、1000余里、500里、100里等、と使われてますが、かなり大雑把です。たとえ大雑把でも150里、200里、550里、600里、などの表示があっても良いのではないかと思います。

距離は厳密に考えるには及ばないが、めちゃくちゃに懸け離れたことも書いては無いはずです。

では、邪馬台国が何処にあるかの解明に必要な魏志倭人伝の部分だけ抜粋して、順番に説明致します。


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邪馬台国の大研究 其五(从现在开始我的解释)

2018-03-19 10:58:00 | 邪馬台国
私が1番知りたいのは魏志倭人伝に書かれてる
邪馬台国が現在の日本のどこにあったか?です。
そのために魏志倭人伝の漢文より位置関係の表示がある
必要最小限の箇所を抜粋した文を私なりに
解釈していきたいと思います。

抜粋した内容は下記になります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
倭人在帶方東南大海之中 
從郡至倭 循海岸水行 歴韓国 
乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里
始度一海 千餘里 至對海國 
又南渡一海 千餘里 名日瀚海 至一大國 
又渡一海 千餘里 至末盧國 
東南陸行 五百里 到伊都國 
東南至奴国 百里 
東行至不彌國 百里  
南至投馬國 水行二十日。
南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日陸行一月
 


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自女王國以北 其戸數道里可得略載 
其餘旁國遠絶 不可得詳 次有斯馬國 
次有巳百支國 次有伊邪國 次有都支國 
次有彌奴國 次有好古都國 次有不呼國 
次有姐奴國 次有對蘇國 次有蘇奴國 
次有呼邑國 次有華奴蘇奴國 次有鬼國 
次有為吾國 次有鬼奴國 次有邪馬國 
次有躬臣國 次有巴利國 次有支惟國 
次有烏奴國 次有奴國
此女王境界所盡
其南有狗奴國 (不屬女王 自郡至女王國 萬二千餘里 )


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上記の漢字ばかりの文を見ただけでも嫌になると思いますが、

これを次回以降少しずつご説明いたします。

下次以后我开始解释上边的汉语。


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邪馬台国の研究 (たくさんの解釈がありますが)

2018-03-19 10:27:00 | 邪馬台国
魏志倭人伝(原文)と日本語訳の魏志倭人伝を照らし読むと
諸先輩によっていろいろ解釈があり、その解釈する人の都合で魏志倭人伝の訳文がいくつかあり、ところどころまちまちです。皆様それぞれ自分の考え、研究によって導き出された答えですので、当事者からすれば自分と違う考えは間違っているという展開になると思いますが、100通りの解釈があっても真実は1つですので99の解釈は違っていることになります。そんなに間違った解釈があれば、私も其の1つに加わってもいいのではないかと考え、中国語学習歴15年の私が魏志倭人伝(原文)の解釈に挑戦したいと思います。
もちろんいままでテレビ、雑誌、書籍本等いろいろ調べてきた私なので今までにインプットされてる知識と中国語の作文の解釈力をフルに使って公明かつ正大に(公明正大は中国語では光明正大と書きます。なぜ光が日本では公の字を使っているのでしょうか?)私(自分)が納得できる解釈で謎解きに挑んで行きたいとおもいます。

方向が違う、距離が違う日本の地図が90度違う等等
いくら昔の人間でも太陽が東の方向から出て西にしずむとか知ってると思います。
距離もそうですが魏志倭人伝を書いた中国人は実際に邪馬台国に行った中国人にも書いた書物を魏志倭人伝を読んでもらってるはずで誤記と考えるのはおかしいし、またその後写本にした時も書いたまんま保存したのではなく他の中国人が確認してるはずです。
そういうことで私は魏志倭人伝(原文)はちゃんと邪馬台国の場所がどこだか書いてあるはずだと信じ、中国語15年の学習歴で魏志倭人伝(原文)の解釈に挑みました。
そしたらなんと邪馬台国の場所が・・・見つかりました・・・・・?。←注意(?マーク有り)

我终于发现了,邪馬台国在什么地方?


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