はなむらさき不定期便

もうちょっとだけ

つづくんじゃよ。

メンタル面でとにかく脆弱

2005年12月03日 17時50分07秒 | Weblog
先週末、うちのもうすぐ米寿になるばあちゃんが入院しました。

なんでも、胆汁が体の外に上手く排出できない状態になってしまっているのだとか。
そういえば、一昨年も胆石で2週間ほど入院していたのです。

それでもまぁ、ばあちゃんが病気したのはそれくらいで。
今度も長びく事にはならないだろうと思っていました。

さほど重くは無い症状だと思ってお見舞いに行ったのです。

病室で見たばあちゃんは何やら色んなチューブを繋がれて、眉間に皺を寄せて眠っておりました。
入院したばかりの人にはよくある事、夜ほどんど眠れない状態だったそうで、その日のばあちゃんはただひたすら眠っておりました。
呼んでも起きないし、顔は苦しそうだし。
そんな姿を見てたら、なんだか切なくなっちまったのです。

帰りの車の中で、母に聞かされた事には、ばあちゃんは肝臓ガンなのだそうです。
しかもお医者が言うには余命は半年なのだと。

お年寄りだからガンの進行は遅いけれど、ガンのせいで胆汁が上手く体内に巡らない。体力がないから、ガンを摘出する手術は出来ないけれど、内視鏡手術で胆汁に栓をしている部分を取り除けば、普段の生活は出来るようになる。とも、お医者は説明してくれたそうです。

ショックを受けはしたものの、さすがに米寿だし、余命が短いのは仕方がない。
手術をすれば普段の生活に戻れるのだから、まぁ良かったじゃないかと思う事にしたのです。

次に会った時には身体も起こしており、会話も普段どおりで少し安心したりして。

そんで、つい先日迎えた手術の日。
内視鏡の手術だから、普通の手術よりもずっと負担は軽いはず。
成功するものとばかり思っていたのですが、結果は失敗でした。
内視鏡を飲み込めず、手術に取り掛かる事ができません。
しかも、咳き込んだ拍子にタンが肺に入り肺炎を起こしてしまい、一時危険な状態に。手術を行う道は断念せざるを得なくなりました。

お医者が言った余命半年は、手術をする前提での半年。
今の状態では、いつまでもつかは言えないのだそうです。

今度こそ、えらいショックでした。


なんといいますか。今になって可愛い孫じゃなかった事が申し訳無く思い出されるばかりなのです。
祖母は高齢で母を産んだので、私が生まれた時には物凄くおばあちゃんになっておりました。子供の頃は、よその家のおばあちゃんよりも、えらい年食っているばあちゃんがイヤで仕方なかったのです。「ばあちゃん嫌い!」と言った事もある。
成長してからは、それが申し訳なくて妙にギクシャクしたりして。

そんなイヤな感じの孫だったのにねぇ。
ばあちゃん、私が小学生の頃に出した手紙を大事に持っててくれたんです。
入院する2ヶ月位前に会った時に、急に渡してくれたんです。
その時は単に嬉しかったんですが、今はその手紙を見るとやたら切なくって。

今更、いい孫になることも出来ないし、相変わらずどう接していいのかも判らないのです。
でも、できる事はお見舞いに行く事くらいなんだし。
「給食に出た納豆のてんぷらが不味かった。」なんて、しょうもない手紙を20年も取って置いてくれたばあちゃんの心に報いる為にもと、出来る限りは病室に足を運ぼうとは思うのですが。


どうにも、気持ちの整理がつかないこの頃です。
どうしていいものか。オロオロするばかり。
今年はそんなんばっかり。
コメント (13)
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