これまでの米朝首脳会談での北朝鮮の主張を見ると、「非核化の決意」と称して核を放棄するように見せかけ、実際は核ミサイルを放棄せず、制裁解除と戦争終結宣言を取りつける目標を達成しようとしていたようだ。
では、その交渉戦略はどうなのか。
(1)旧式で役に立たなくなっている施設は廃棄する。
(2)施設の修復が容易なものは解体するが、修復に時間と費用がかかるものは破壊しない。
(3)一部は公開し破壊しても、大部分は隠し通す。
(4)ウラン濃縮施設は、見せずに隠し通し、核物質を製造し続ける。
これが基本であろう。つまり、北朝鮮にとって廃棄しても影響が少ないものは交渉材料として提出し、また、一部を廃棄することによってすべてを廃棄したように見せかけ、国家生存に必要な核は隠し通そうとした。
特に、双方にとってウラン濃縮施設の廃棄だけは「譲れない」「合意できない」絶対的事項であったろう。
その理由は、米国としては北朝鮮の核兵器製造を確実に止められるかという判断材料になるし、北朝鮮としては、米国に気づかれずに核兵器を大量に製造でき、密かに核保有国であり続けることができる唯一の施設であるからだ。
1.北朝鮮の嘘が見破られ米国を騙し通せなかった
第2回米朝首脳会談の際に、米側が「北朝鮮が公表していないある施設について」言及すると、北朝鮮から「言及された施設はウラン濃縮施設のようなものか」と問われた。
米側は「そうだ」と答えた。そして、「我々が、その施設のことを知っていたことに北朝鮮は驚いていたようだ」とも明かした。
このやり取りで何が分かるのか。
北朝鮮は、偵察衛星でも見えないところに、密かに濃縮ウラン施設を建設し、ウラン濃縮のために遠心分離機を作動させていた。
この施設だけは、米国には知られていないだろうと確信していたが、実は、米国に発見されていて、突然首脳会談で知らされ、飛び上がるほど驚いた。
北朝鮮の本心が見破られた瞬間だった、と私は見ている。
北朝鮮が言う「完全な非核化に向けた決意」というのは、米国が北朝鮮の大量破壊兵器について知っている範囲のことでしかない。
米国が知らないことや、米国に隠していることまで、リストにして提案し放棄することではないようだ。
明らかにごまかそうとしていたのだと想像できる。
米国がどこまで知っているのかについて、北朝鮮は、米国研究機関が発表する記事、日米のメディアの記事、および米国の偵察衛星がどれほど見えているかという画像分析能力を判断して、推測しているものと思われる。
今回の米朝首脳会談では、「米国がどこまで知っているか」という北朝鮮の探査が甘かったのだろう。
そして、米国に隠していたウラン濃縮施設について、トランプ大統領であれば「もしばれても、交渉の成果と引き換えに黙認し、合意に至るのではないか」と予測していた節がある。
しかし、トランプ大統領は容赦しなかった。
北朝鮮としては、完全に隠していたかったことが米国に知られて、核を放棄する意志がないと判断され、米国の信頼を喪失してしまった。
大誤算であった。北朝鮮が提出する資料や発言が信頼できないのであれば、いかに成果を欲しがるトランプ大統領であっても騙すことができないのは当然だ。
トランプ大統領は今回、いい加減な交渉で一時的な成果を出すことよりも、「トランプは騙された」という最悪の評価を避けたとみてよい。
2.北朝鮮が核を放棄する意志がない根拠
北朝鮮は、制裁解除などとの交換条件で、これまで国際社会に知られていたものだけを、段階的に廃棄する意志をもって米国と交渉していた。知られていないものは、隠し通そうとしていた。
国際社会に知られていたものとは、寧辺(ニョンビョン)の5MW原子炉、寧辺とカンソンのウラン濃縮施設、山陰洞(サヌムドン)弾道ミサイル製造工場と製造数、東倉里(トンチャンリ)や舞水端里(ムスダンリ)のミサイル実験場、約20か所の弾道ミサイルの実戦配備の基地などである。
北朝鮮は、これらの施設を以前の交渉において公開していた。また、米国の研究機関やメディアから流される情報、列車が国境の橋を通過する時や駅から荷卸しされる時、および貨物船が港で荷卸しする状況などから、気づかれていると知っていたろう。
また、それらが1日に何度か偵察衛星から写真を取られていると思えば当然のことだ。
北朝鮮のウラン濃縮施設について見れば、寧辺とカンソンの施設の情報が、米国研究機関によって公表されている。
寧辺のウラン濃縮施設は、2010年に北朝鮮が米国へッカー教授に公開したものと、もう一つはカンソンの濃縮施設だ。
米外交専門誌「ザ・ディプロマット」によれば、新たに平壌の西数キロの千里馬地区にウラン濃縮工場「カンソン」が2002年に建設され、2003年に稼働した。
この濃縮工場は、寧辺の2倍の生産能力がある。
衛星写真の分析によれば、その建物は、積雪が多い冬季でも屋根に積雪がないことから、濃縮作業により屋根が熱を帯びている。つまり、稼働していることを証明している。
米国のマイク・ポンペオ国務長官が2018年7月、この事実を金英哲副委員長に伝えたところ、金英哲氏はこの秘密施設の存在を「全面的に否定した」が、米国を納得させてはいない。
北朝鮮がこの情報を否定するのであれば、査察を受け入れればよいのだが、過去と同様に絶対に受け入れようとしない。それは、米国情報機関に真実を捉えられているからにほかならない。
私は、第2回米朝会談で話題になったウラン濃縮施設については、これら2つの施設以外のものと分析している。
カンソンの濃縮施設は、昨年に米外交専門誌に掲載されたのだから、このことを北朝鮮が知らないはずはない。
だから、これ以外に、米国に絶対に知られていないと思っていた施設が、1つ以上「ある」と考える。
ウラン濃縮施設については、これまで米朝で協議されていることなので、北朝鮮としては、米国が何を求めてくるのかという手の内は予想していたはずだ。
だが、実際には北朝鮮は、隠していた重大な情報を暴かれ、米国を納得させる答えを出せなかった。それがネックになって交渉が進展しなかったと見ている。
トランプ大統領が「北朝鮮は準備ができていなかった」と言うのはこのことだろう。
これで、北朝鮮は、今回も米国を騙そうとし、「北朝鮮が騙した過去2回の交渉と同じである」という印象を与えてしまった。
3.情報機関のプロ集団は騙せない
米国は、北朝鮮のウラン濃縮施設について、確かな情報を掴んでいる。30~40年以上もの経験を有する情報分析官が数万人はいるはずだ。
地下(トンネル坑道内も含め)あるいは建物の内部にあるウラン濃縮施設の存在について、彼らはウラン濃縮、偵察衛星、シギント(電波・電子情報)、ヒューミントおよび公開情報などを詳細に分析し、総合的に重ね合わせ解明できている。
その根拠を簡単に紹介する。
解像度約5~10センチの偵察衛星が上空約500キロの位置で、目標の通過時に写真を撮っているのであれば、高度約150~200メートル前後の上空から人の目で見ていることと同じである。
ウラン濃縮施設の一般的知識を持っていて、衛星写真の情報を例えば、建設当初の建物の土台、部屋の区割り、電気配線のための溝などの工事、次に運び込む機材、電力の供給施設、人員の出入り、建物が完成するまでの期間、それに活動状況、警備、勤務する要員の施設などを数十年間も見ていれば、詳細は分かる。
ましてイラン、パキスタンなどの同様の動き探ってきた経験があるのだ。
また、中国大連などの港からアルミニウム管などのウラン濃縮用の器材が運ばれて来る情報もあるだろう。これらを総合すれば、ウラン濃縮施設とその能力について、確認できると、私は判断している。
核兵器開発について北朝鮮とイランの関係は深い。
例えば、イランは2002年、ウラン濃縮施設をテヘランの南約150キロのナタンズに建設を始めた。北朝鮮も同じ年にウラン濃縮施設の建設を開始したのだが、偶然の一致だとは思えない。
イラン・ナタンズ地区のウラン濃縮施設を撮影した商業衛星写真に、施設隠ぺいの事例がある。
2002年の写真では施設は建設中であったが、施設が完成した後、2004年の写真には、その施設が土で覆われている状況が写っていた。
施設が地下に埋設されたものと判断される。北朝鮮に地下に埋もれた施設があって当然だ。
4.完全な非核化がなければ金体制は崩壊
北朝鮮の騙しは、軍事情報分析家のプロ集団には通じない。
米国情報機関のトップであるコーツ米国家情報長官が今年の1月、「北朝鮮は核兵器を完全に放棄する可能性は低い」と公言していることも、私はうなずける。
つまり、「北朝鮮は、非核化を進めるポーズの裏では、核やミサイルの開発を継続している」と、米国は確信をもったと判断している。
北朝鮮が、ウラン濃縮施設をすべて公開し廃棄しなければ、「米朝交渉では解決できない」「北朝鮮の非核化は実現しない」ことになる。
北朝鮮が本気で非核化をする気がないのであれば、今後も制裁を継続し、さらに強化して、金正恩政権打倒を目指す反体制組織の後押しをするなど、金体制崩壊に追い込む動きも出てくる。
斬首作戦の再登場もあり得る。トランプ大統領は、「金正恩はいいやつだ」と笑いながら体制崩壊を進めるだろう。
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