「訴訟当事者である日本企業を含んだ韓日両国企業が自発的な拠出金で財源を作り、確定判決被害者に慰謝料の該当額を支給する」(6月19日、韓国外務省)
つまりは、財団を設立しよう、という話である。
徴用工裁判からおよそ7カ月半。19日、ようやく韓国が出した元徴用工裁判の対応策には韓国内からも嘆息が漏れた。
© 文春オンライン 文在寅韓国大統領 ©時事通信社
翌朝(6月20日)、保守系の朝鮮日報には、「青瓦台、1月には徴用基金反対、G20のため立場かえ」の見出しが躍り、進歩系といわれる京郷新聞も、「政府、G20前に、韓日関係正常化努力を見せるための処方」と報じた。中道系の韓国紙記者も、「これは政府の“アリバイ”作り」とかぶりを振る。
青瓦台は「発想自体が非常識」と一蹴していたのに
こんな言葉が漏れるのも無理はない。報道にもあるように、今年1月、財団の設立案が浮上した際、青瓦台(大統領府)は、「発想自体が非常識」と一蹴していたからだ。
その後、韓国政府は李洛淵首相が主宰して対応策を論議してきたと報じられたが、5月中旬には、李首相が「結論を出すには限界がある」と発言。この背景には、またもや「積弊清算」の影がゆらり。朴槿恵前大統領が元徴用工訴訟の審理を先延しすることを指示し、大法院がこれを受け入れたとして今年1月にはヤン・スンテ元大法院院長(最高裁判所長官)らが逮捕され、その初公判が5月29日に始まったばかりだ。そして、文在寅大統領もこの裁判の行方を見守っているとも伝えられた。
先ほどの記者の話に戻ろう。
「李首相主催の対策チームでは、あらゆる対策を出してシミュレーションもしていたそうですが、ようは文在寅大統領の決裁が得られなかったというのが真相のようです。
(韓国)政府は5月に入ってようやく元徴用工への聞き取りを始めて、日本企業が大法院の判決を受け入れることを前提とした『財団の設立』案を検討していることを囁くように明かしましたが、その時も日本政府は否定的でした。だから、日本政府が拒否することは分かっていたはず。G20を前に韓国の努力を見せたパフォーマンスといわれても仕方ない。
そもそも、この解決法であれば、どうしてもっと早くに出さなかったのか。それに、国民ファースト(優先)、被害者中心主義を謳っておきながら、事前に元徴用工側との話し合いもなかったうえに、被害者が訴えていた不幸な行為について日本企業が責任を認めて謝罪することがすっぽり抜けている。あまりにもお粗末です」
日本が仲裁委員会の設置を韓国に正式に申請し、回答を求めていたのは周知のとおり。仲裁委員会の設置は1965年の「日韓請求権協定」で両国の間に協定の解釈などで紛争が起きた場合の解決策として定められているもので、回答期限は30日以内。そのため、期限に当たる6月18日までの韓国政府の動きが注目されたが、その日、韓国政府は「慎重に対応している」と従来の立場を繰り返し、見送った。
ところが、その翌日、今度は「日本が財団設立に応じれば仲裁委員会設置に応じる」という死球に近い変化球を投げてきた。
元徴用工支援者らからも仲裁委員会設置を支持する声が
しかも、この「財団設立案」には元徴用工側からも「事前に話し合いもなかった」と当惑する声がでている。そもそも、仲裁委員会を巡っては、元徴用工を支援する側からは支持する意見もあった。
たとえば、元徴用工の代理人のひとり、イ・サンガプ弁護士は進歩系のハンギョレ新聞のインタビュー(6月12日)で、「徴用問題、政府が被害者中心主義を守りつつ、日本との交渉にでなければ」と話していて、「(歴史問題について過去、政府が関与して失敗したため、韓国政府が交渉に憂慮しているようだとした上で)政府は外交交渉を怖れる必要はない。交渉過程を被害者と共有しながら解決していけばいい」と仲裁委員会設置に前向きな姿勢をみせていた。
そして、「この際、これまで請求権協定で解決された、されないと論争が起きていた問題について、たとえば、慰安婦問題、原爆被害者問題、サハリン滞留問題などを包括的に解決しよう、こう逆に提案もできる」と仲裁委員会では元徴用工問題に限らない範囲まで発展させようという意図も示唆していた。
昨年10月30日の裁判の原告の一人、李春植氏(95歳)の代理人を務めるイム・ジェソン弁護士もまた、「強制動員した日本企業と被害者が和解できるよう政府が外交力を発揮しなければ」(ソウル新聞6月14日)と韓国政府を批判。そして、「李春植さんは年内の解決を望んでおり、被害者は自分たちを動員していった企業の謝罪を望んでいる」と訴えていた。さらに、日本での訴訟を支援している日本人への謝辞とともに、「沈黙してきた被害者が自身の声をあげた時に壊れるような関係ならばその関係自体が問題だ」と日韓関係悪化の原因を徴用工問題に置くことに異議を唱えてもいた。
仲裁委員会設置を巡っては、むしろ歯切れが悪かったのは日本研究者などの“知日派”だった。
「早期解決」、「国際司法裁判所(ICJ)での裁判」、「日韓両政府と両国企業による財団の設立推進」などを提案していたが、韓国政府の態度に業を煮やしたのか、「韓国政府が司法を尊重するならば、政府が国民に日本との外交戦争も辞さないと宣言すべきだ。韓国の正当性を守ろうとするなら、韓日関係が悪くなることは避けられないと明らかに説明すべき」(チン・チャンス世宗研究所首席研究員、ソウル新聞6月3日)というものまであった。
知日派が仲裁受け入れを声高にしない背景について、他地域の研究者は、「“親日派”の烙印をさらに押されることになる。それはやはり避けたいのでしょう」と話しており、あらためて“親日“と言うフレームについて考えさせられる。
分かりづらいが、韓国でいう「親日」は、日本の植民地時代に日本に協力したり、そのために同胞に危害をくわえたり、独立運動を妨害した人などを意味する。そんな「親日」という言葉はいまだに関わりたくない、避けたいものであるというのが韓国の現実で、それは進歩、保守という枠にも簡単には収まらない。そして、そんなことが元徴用工などの問題をより複雑化させてもいるのだが。
第三国の委員を選ぶ期限は7月18日
韓国の「財団設立案」に日本政府は即日(19日)「国際法違反で応じられない」と受け入れを拒否した。そもそも、その同日には、日本は仲裁委員会設置のための第三国を選定するプロセスに入ることを再び、韓国側に通告もしている。
韓国では、韓国政府を批判しながらも、「政府の強制徴用の解法、韓日関係回復への始発点に」(京郷新聞6月20日)という声もでている。
日本が通告した第三国プロセスの期限は7月18日。間にはG20が開催されるが、果たして日韓でどんな言葉が交されることになるのか。
(菅野 朋子)