薄暗い照明の中、洋酒の瓶にだけスポットが当たっている
彼の好きなバー
無口なバーテン 静かなジャズ
彼が入っていくと バーテンは 何も言わずに 頭だけ下げ
ロンググラスに 酒を注ぐ
最後にライムをグラスの縁に置く
初めてここに連れてきてもらったとき 彼に聞いた
それ 何
ジントニック
彼は グラスにライムを搾り 軽くかき混ぜた
私にはモスコミュール 口当たりのいいカクテルを 注文してくれた
あれからどれだけ過ぎたのだろう
いつの間にか お互いに隙間ができはじめた
そして おきまりの別れ
別れて半年くらいたったとき 私はそのバーに独りで行ってみた
何も変わらなかった
無口なバーテン 静かなジャズ
思い切って注文してみた
ジントニック
バーテンは黙って作り始めた
そして 私の前に置いた
彼がやったようにグラスにライムを搾り
おそるおそる口を付けた
辛(から)かった
そして 涙が止めどなく溢れてきた