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愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

空と大地に抱かれて

2009年01月18日 22時59分38秒 | 小説

僕の名は山崎徹 旅行会社のプランナーである。
沖縄から帰ってきたばかりだ。
岡村課長の声がとぶ
「そうか、今度は成果を上げてきたみたいだな。次はどこだ。」
「道東へのレンタカープランを計画しています。」
そうか、じゃあ、行って来い。
今回は智美を連れて行ってやることにしていた。
心の傷を癒すには北海道はもってこいだからだ。
だからすべて2名分予約した
智美にその旨告げると、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「素敵。霧の摩周湖のあるところでしょ。ロマンチック。」
僕らは空路釧路空港に飛んだ。
空港でレンタカーを借りた。赤いワゴンだった。
「さあ、港町だ。寿司でも食うか。」
うちのエージェントと契約している寿司屋で寿司をつまんでる間に夕方になった。
その日は釧路で一番大きなホテルをとってあった。
部屋にはいると智美が飛びついてきた。
「いいかい、こんな大きなホテルは道東にはこれ一件しかない。覚悟して置いて。」
夜はそぞろ歩きながら炉端焼きの店に入った。100年営業しているかとも思える、
たたずまいの中央でおばあさんが魚を焼いていた。
魚の種類が分からないのでおすすめで何枚か焼いて貰った。
とても美味しかった。

翌朝釧路を出発して、釧路湿原が蛇行しているのが見えるポイントに着いた。
何枚か撮影して、近くから、のろっこ号にのった。湿原に沿って走っている列車だ。
終点から引き返して車を置いている駅に戻った。
さあ、いよいよ今日のハイライト、地平線の見える大牧場だ。
車は一路大牧場に向け出発した。
牧場に着いたのは夕方だったが、ジンギスカンを頂いた。
遙か見晴らす地平線にサフォーク種の羊が放牧されていた。
聞けばここのジンギスカンはここで取れる羊も混じっているとのこと。
ちょっと可哀想な気持でジンギスカンを食べた。
西の空を見ると大きな夕陽が地平線に沈むところだった。風が心地よい。
智美が言った「ねえ、山崎さん、今日はここに泊まりましょ。朝日が見たいわ。」
「キャンプの用意はしていないんだよ。」
「あら、車の中で寝ればいいわ。」
智美はこともなげに言った。
「しかたない、そうするか。」
日が落ちて夜になり、満天の星が輝きだした。
いくつか流れ星も見えて、その度智美は手を合わせた。
「何を願ってるんだい。」
「あら、それは秘密よ。」
それから僕らは車に向かい、静かに眠った。

翌朝早く、智美が僕を揺り起こした。
「なんだい、まだ暗いぜ。」
「今から用意しとかなくっちゃ。
朝日の出るのはあのあたり。少し赤くなってきてるでしょ。」
見ると確かにほの赤い。
寒かったので上着を着た。
智美にも着るように言った。智美は素直に従った。
そしてついに東の地平線に太陽が顔を出した。
「すごいわ、山崎さん、地平線に昇る朝日よ。こんなの初めて。」
智美は大感激していた。僕は写真を10ショットくらい撮った。
「ねえ、お腹がすいたわ。」
智美が言う
「まだショップが開いてないから、街に出てパンでも買うか。」
スタートして20分位で弟子屈の街に着いた。
コンビニを見つけてパンと牛乳を買った。
「どこで食べる?」
「摩周湖は近いの?」
「ここからすぐだ。」
「じゃあ摩周湖で食べましょう。」
僕たちは摩周湖に向かった。

程なく摩周湖の展望台に着いた。
あいにくの霧で湖面は見えなかった。
僕たちは車の中でパンを食べ、霧の中を散策した。
そこで、事件は起こった。
智美が見えなくなってしまったのだ。
「ともみー。」「ともみー。」
僕は何度も呼びかけた。しかし返事はなかった。
やがて霧が晴れてきた。だが智美の姿はどこにもなかった。
3時間が経った。
さらわれたのか、崖から落ちたのか、いずれにしても容易無い事態だ。
仕方なく地元の警察に失踪届を出した。
警察は智美の服をかがした警察犬を導入した。
そして展望台あたりに行くと犬が吠えた。
「どうもこの柵を越えて湖に降りていったみたいですね。」
警官が言う。
「ここから湖まで降りられるんですか?」
「それは無理です。急な斜面ですからね。」
僕と警官達は柵を越え、いけるところまで行ってみることにした。
果たして智美はいた。足をひねったようだった。
「どうしてこんな事するんだ。自殺願望がまだ消えていないのかい?」
「違うわ、霧があまり気持ちよかったので軽い気持で柵を越えたら前後さっぱり分からなくなって。」
「お願いだよ。警察にまでお世話かけてしまったんだぞ。でも無事でよかった。」
お世話になった警察官に、平身低頭わびて帰って貰った。
その日は予定を変えて展望台に近いホテルをとった。

翌朝智美はもういちど摩周湖に行くと言い張った。
晴れた摩周湖が見たいのだという。
チェックアウトして展望台に来てみれば、今朝はすっきり晴れていた。
神秘的な色をたたえた湖。摩周湖。そこには魔物が住んでいるのかも知れない。
僕たちは摩周湖を後にした。
思わぬアクシデントで足止めされた分取り戻さなければならない。
目指すは標津町の野付半島トドワラだ。
「足は大丈夫かい?」
「夕べ湿布貼ったから大丈夫よ。本当にごめんなさい。」
「約束してくれ。今後もう、突飛な行動はとらないと。」
「はい、わかりました。」
標津までは2時間で着いた。
ここから野付半島に入る。
「ご覧、あの船」
白い帆を立てた船が見える。
「なんなの?何を取ってるの?」
「うたせ舟。シマエビを取ってるんだ。」
「それ、美味しいの?どこかで食べれるの?」
「トドワラの食堂で食べられるはずだよ。」
「きゃー、食べてみたい。」
あたりの景色は一変していた。
木が立ったまま枯れている。
まるで地獄の景色だ。
僕は車を降りて2-3枚写真を撮った。

車はトドワラに着いた。
早速食堂に行き、シマエビを注文した。
ゆでたてのシマエビを智美は嬉しそうに食べている。
「このえび初めて食べるわ。とっても美味しい。」
智美は嬉しそうだった。
食後は馬車に乗って原生花園に行った。
馬車を降りると木道が通してあった。
僕はそこでも写真を撮った。
帰りの馬車の時間になると、智美は歩いて帰ると聞かなかった。
「足、大丈夫なのかい?」
「うん、もう大丈夫。」
僕は心配そうに木道を歩く智美の後を着いていった。
トドワラに着くと智美が言った。
私ってラッキーだわ。山崎さんのおかげで素敵なところへいっぱい連れていってもらえる。
これからも誘ってね。
「うん。」
「今度の旅はこれで終わりなの?」
「うん、予定のコースはすべて廻ったからね。」
「私、もう一度連れていって欲しいところがあるんだけど。」
「どこだい?」
「地平線の見える大牧場。」
それならちょっと遠回りするだけだからいいよ。
「やった!山崎さん大好き。」
僕は車を牧場に向けて走り出した。

2時間余りで牧場に着いた。
相変わらず広々としてすがすがしいところだ。
夕焼けの時間だった。
僕らは再びジンギスカンを夕陽を見ながら食べた。
こんな気分で食事を味わえるところは他にないだろう。
とても美味しく頂いた。
食後僕と智美はあたりを散策した。
文字通りの360度地平線。心が洗われるようだ。
最後に木で出来た展望台に昇った。
智美は満喫したみたいだった。
智美の希望で、また車の中で寝ることにした。
夜中にドアが開く音がした。
トイレでも行くのかと思って気にしないでいた。
ところが1時間しても智美は帰ってこなかった。
まただ。何故彼女は僕に言わずに勝手な行動をとるのだろう。
仕方なく懐中電灯をもって探しに出かけた

ともかくだだっ広い牧場だ。
まして真夜中。月も三日月と来ている。
方々探したが見つからない。
僕は不安になってきた。
大声で「智美」と呼んだ。
返事がした。
展望台の方からだ。
走って展望台まで行った。
そこに智美は寝ていた。
「何してるんだ、勝手な行動はしないと約束しただろう!」
「ごめんなさい、どうしてもここに寝てみたかったの。
山崎さんも寝てみて。」
僕は寝た。
満天の空に天の川がかかっていた。そして流れ星が飛んだ。
智美はもう手を合わせたりしなかった
「手を合わせないのかい?」
「うん、もういいの。山崎さんが私のこと見捨てたりしないって分かったから。」
「そんなことするわけない。」
「うん、だから分かったの。有り難う山崎さん。」
「さ、もういいだろ、車に帰ろう。こんなところに長くいると風邪引いちゃう。」
僕らは車に向かい、朝まで何事もなく眠った。

「朝日よ、山崎さん。」
智美の声で僕は眠りから覚めた。
智美の指さす方、東の地平線が色づいている。
智美の肩を抱いてじいっと見つめていると、
太陽のさきっちょが現れた。
それからは凄いスピードで太陽は昇ってきた。
僕が写真を撮るのがおっつかないぐらいだ。
「日本って以外と広いのね。
こんな風景が見れるところもあるのね。」
「そうだね、智美、これから僕は素敵な日本をいっぱい見せてあげる。
だから二度と死のうなんて考えるなよ。」
「あら、それは沖縄で消えてしまったわ。山崎さんが私を振ったら分からないけれどね。」
「またそうやっておどかす。僕はどこにも行かないよ。いつも智美と一緒だ。
二人が見つめていた太陽はもう眩しいくらいに輝いていて、
地平線の見える大牧場にたった二人で立っていた。
その横に赤いワゴンが輝いていた。
風が心地よく吹いてきた

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