303号室の窓から、歩道の桜の木を見ていた。
もう、葉桜になっている。
枝にすがりついているわずかの花も、もうすぐ散ってしまうだろう。
交通事故で、足がいうことをきかなくなり、車椅子に乗っている。
毎日リハビリに励んでいるが、一向に快方に向かわない。
生きていてもなにもいいことがない。
あの桜のように、私は散っていくしかないのだろうか。
「また、暗いこと考えているんだね」
健司の声が後ろから聞こえる。
「見てよ健司。あの桜の花。もうすぐおしまいよ。私と同じ」
「何が同じだよ。来年になればまた咲くさ」
「それって、別の花よ。同じように見えても」
「何言ってんだか。そうだ、手術はどうなった?」
「それが、思いきれないの。失敗したらって思うと・・」
「じゃあ、あと1週間あの桜が枝にしがみついていたら手術を決意するってのは?桜の花に聞いてみればいい」
「ふうん、それは奇跡だと思うわ。そうしましょう」
それから1週間、窓の外ばかり見ていた。
健司も毎日一緒に桜の木を見てくれる。
不思議だ。
いつまでたっても残った桜の花は散る気配がない。
私は健司との約束通り、手術を受け入れることにした。
そして手術当日。
窓から桜の花を健司とともに見つめていた。
「ねえ、奇跡よね。まだ散ってないなんて。私の手術も成功するかしら」
「もちろん。僕と桜の花がついている」
手術は終わった。ドクターによれば大成功だという。
健司ももちろん大喜びだ。
「やった!万歳!」
健司が飛び上がったそのとき、彼のバッグから透明のビニール袋が飛び出した。
「なに、それは?」
「いや、その・・」
袋には桜のピンクの花びらが何枚か入っていた。
「まさか・・桜の枝に張り付けていたの?」
「あはは、そんなことなんでもない。
君の下半身はこんどこそ動くとドクターもおっしゃった。
それは奇跡なんだから」
「信じられない。よく捕まらなかったわね」
「夜明け前は人通りもないし、病院の警備もおろそかだから」
暗い歩道の桜の木にしがみついて、花を枝に張り付けている健司を思うと、なぜだか涙が込み上げてきた。
「残りの花びら、ちょうだい」
手のひらに乗せた花びらの上に、涙が数滴、こぼれた。