愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
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奇跡の桜

2018年03月29日 12時50分39秒 | 

303号室の窓から、歩道の桜の木を見ていた。

もう、葉桜になっている。

枝にすがりついているわずかの花も、もうすぐ散ってしまうだろう。
 

交通事故で、足がいうことをきかなくなり、車椅子に乗っている。

毎日リハビリに励んでいるが、一向に快方に向かわない。

生きていてもなにもいいことがない。

あの桜のように、私は散っていくしかないのだろうか。
 

「また、暗いこと考えているんだね」
 

健司の声が後ろから聞こえる。
 

「見てよ健司。あの桜の花。もうすぐおしまいよ。私と同じ」
 

「何が同じだよ。来年になればまた咲くさ」
 

「それって、別の花よ。同じように見えても」
 

「何言ってんだか。そうだ、手術はどうなった?」
 

「それが、思いきれないの。失敗したらって思うと・・」
 

「じゃあ、あと1週間あの桜が枝にしがみついていたら手術を決意するってのは?桜の花に聞いてみればいい」
 

「ふうん、それは奇跡だと思うわ。そうしましょう」
 

それから1週間、窓の外ばかり見ていた。

健司も毎日一緒に桜の木を見てくれる。

不思議だ。
いつまでたっても残った桜の花は散る気配がない。

私は健司との約束通り、手術を受け入れることにした。
 

そして手術当日。

窓から桜の花を健司とともに見つめていた。
 

「ねえ、奇跡よね。まだ散ってないなんて。私の手術も成功するかしら」
 

「もちろん。僕と桜の花がついている」
 

手術は終わった。ドクターによれば大成功だという。

健司ももちろん大喜びだ。
 

「やった!万歳!」
 

健司が飛び上がったそのとき、彼のバッグから透明のビニール袋が飛び出した。
 

「なに、それは?」
 

「いや、その・・」
 

袋には桜のピンクの花びらが何枚か入っていた。
 

「まさか・・桜の枝に張り付けていたの?」

「あはは、そんなことなんでもない。
君の下半身はこんどこそ動くとドクターもおっしゃった。
それは奇跡なんだから」
 

「信じられない。よく捕まらなかったわね」
 

「夜明け前は人通りもないし、病院の警備もおろそかだから」
 

暗い歩道の桜の木にしがみついて、花を枝に張り付けている健司を思うと、なぜだか涙が込み上げてきた。
 

「残りの花びら、ちょうだい」
 

手のひらに乗せた花びらの上に、涙が数滴、こぼれた。

 

 

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