長周新聞より転載
2020年5月2日
コロナ禍が炙り出す食の脆弱性と処方箋~ショック・ドクトリンは許されない~ 東京大学教授・鈴木宣弘(3)
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/16951
ーーー転載開始ーーー(前回2の続き)
量だけでない、質の安全保障も
米国産の輸入牛肉からはエストロゲンが600倍も検出されたこともある。
エストロゲンは乳がんを増殖する因子として知られる。
米国でもホルモン・フリー牛肉が国内需要の主流となり、オーストラリアは日本にはホルモン牛肉、禁止されているEUにはホルモン・フリー牛肉を輸出している。
つまり、米国やオーストラリアから危ないホルモン牛肉が輸入規制の緩い日本に選択的に仕向けられている。
農民連の分析センターが調べたら、ほぼすべての食パンから発がん性のある除草剤が検出された。
国産、十勝産、有機小麦のパンからは検出されていない。
輸入小麦には、日本で禁止されている収穫後農薬の防カビ剤(米国がかけるのは「食品添加物」と日本が分類してあげている)も輸送時に振りかけられている。
米国農家は「これは日本人が食べるからいいのだ」と言っていたという。
トウモロコシ、大豆の遺伝子組み換えの不安だけではない。
日本人は、世界で一番、遺伝子組み換え、除草剤の残留、防カビ剤の残留の不安にさらされている。
米国では乳牛にも成長ホルモンを注射する。
米国内では消費者運動が起きて、大手乳業などがホルモン・フリー宣言をした。
やはり、危ない乳製品は日本向けになっている。
国産シフトを早急に進めないと、自分の命が守れない。
さらに、輸入依存を強めて、こんな危機になったら、お金を出しても、その危ない食料さえ、手に入らないかもしれない。
もう一度、確認しよう。
成長ホルモン、除草剤、防カビ剤など発がんリスクがある食料が、基準の緩い日本人を標的に入ってきている。
国産には、成長ホルモンも、除草剤も、防カビ剤も入っていない。
早く国産シフトを進めないと、量的にも、かつ質的にも、食の安全保障が保てない。
つまり、「国産は高くて」という人には、安全保障のコストを考えたら「国産こそ安いんだ」ということを認識してもらいたい。
現時点で、小麦、大豆、とうもろこしなどの国際相場に大きな上昇はない。
コメはかなり上昇している。
コメの輸入依存度が大きい途上国には2008年の危機の再来が頭をよぎる。
日本は、今もコメは過剰気味なので、かりに小麦などが今後逼迫しても、当面はコメで凌ぎ、いざとなれば、農水省の不測の事態対応にもあるように、もっとも増産しやすいさつまいもを校庭やゴルフ場にも植えるといった措置が選択肢となる。
しかし、これでは「戦時中」になってしまう。
自分たちの命と食を守ろうという機運
現時点で、日本国内で顕在化している影響は「まだら模様」である。
業務用野菜の中国からの輸入減少、家庭内食の増加による小売店及び生協経由での野菜需要の増加で、野菜需要は増加し、特に、生協を通じた購入の増加は、有機野菜などの価格の高い野菜への需要の増加となって表れている。
一方、中国からの海外研修生の減少による作付け減少などの要因で生産は伸びず、価格が上昇している。
野菜の生産が追いつかなくなっている。
農家の人手が足りないから、消費者も近所の農家に出向いて一緒につくるくらいの産消連携が必要になっている。
牛乳、乳製品などは、外食や給食需要の減少で在庫が増え、生乳の廃棄の懸念すら出ており、農水省も先頭に立って、消費を呼びかけている。
牛肉は、ここにきて、海外産が敬遠され、国産が伸びているとの情報もある。
ネットなどのコメントでも、これを機に生産者とともに自分たちの食と暮らしを守っていこうという機運が高まってきていることがうかがえる。
それが購買行動にも表れてきているとしたら、明るい兆しである。
「戦後初めてであろうこのような国難の時だからこそ、本当に我が国を支えている第一次産業の重大さや自国で生産したものを食べることができるという有り難さ、そして農家の底力をすごく感じます。私事ですみませんが、父や母が一生懸命汗を流し愛情込めて作ってくれたお米、野菜、肉、卵で育ちました。世界一美味しかったです。亡くなってしまった今になって、もっと食べたかったなと本当に思います。農家の方々、それに携わるすべての方々、コロナウイルスに負けず、体に気をつけて頑張って下さい! よろしくお願いいたします。」
「今の我が国は、エネルギーも食糧も海外頼みでは、首根っこを押さえられているも同然。我が国のように両方海外に多くを依存している先進国はないのでは。このコロナ問題をいい機会にして、エネルギー、食糧、工業部品等の生産のあり方を時間をかけてでも見直す必要が更に深まったと考える。未知のウイルス・細菌は、益々人類の脅威となるのは間違いないし、その感染スピードは更に増して行く。その時にエネルギー、食糧が海外頼みでは、心もとない。」
「農家は日本の宝です。政権は効率や貿易のカードとしてどんどん食料自給率を下げていますが、コロナが長引けば食料の輸入が減って食べ物もなくなるのではと不安です。」
「私達を支えている第一次産業。厳しい今だからこそ基本に立ち返る事を考える良い機会。何不自由なく過ごせているのも農家さんのお陰です。本当にお陰様と有り難う。」
「国内の農家を守ってこそ、日本の家庭は守られます。農民の作った食べ物を食べて人間は生きている。農民が人間を生かしている。農民の生活を保障すると人間の命も保証できる。今は農民の生活が保障されていない。」
厳しいコロナ禍の中で、このような機運が高まっている今こそ、安全・安心な国産の食を支え、国民の命を守る生産から消費までの強固なネットワークを確立する機会にしなくてはならない。
農家は、自分達こそが国民の命を守ってきたし、これからも守るとの自覚と誇りと覚悟を持ち、そのことをもっと明確に伝え、消費者との双方向ネットワークを強化して、安くても不安な食料の侵入を排除し、自身の経営と地域の暮らしと国民の命を守らねばならない。
消費者は、それに応えてほしい。
それこそが強い農林水産業である。
特に、消費者が単なる消費者でなく、より直接的に生産にも関与するようなネットワークの強化が今こそ求められてきている。
世界で最も有機農業が盛んなオーストリアのPenker教授の「生産者と消費者はCSA(産消提携)では同じ意思決定主体ゆえ、分けて考える必要はない」という言葉には重みがある。
全国各地域で、行政・協同組合・市民グループ・関連産業などが協力して、住民が一層直接的に地域の食料生産に関与して、生産者と一体的に地域の食を支えるシステムづくりを強化したいところである。
政策的には、慌てて緊急対策ではなく、危機で農家や中小事業者や労働者が大変になったら、最低限の収入が十分に補填される仕組みが機能して確実に発動されるよう、普段からシステムに組み込んでおく。
国民の命と暮らしを守れる安全弁=セーフティネットのある、危機に強い社会システムの構築が急がれる。
危機になって慌てても危機は乗り切れない。
アジア、世界との共生に向けて
今回のコロナ・ショックは、世界の人種的偏見もクローズアップさせた。
アジアの人々が欧米で不当な扱いを受けるケースが増えたことは残念だ。
逆に、アジアの人々の間に助け合い、感謝し合う連帯の感情が強まった側面もある。
「山川異域、風月同天」(山河は違えど、天空には同じ風が吹いて同じ月を見て、皆つながっている)
この機会を、日本の盲目的・思考停止的な対米従属姿勢を考え直す機会にし、アジアの人々が、そして、世界の人々が、もっとお互いを尊重し合える関係強化の機会にしたいと思う。
対米従属を批判するだけでは先が見えない。
それに代わるビジョン、世界の社会経済システムについての将来構想が具体的に示されなくてはならない。
筆者が参加した多くのFTAの事前交渉でも、米国に対しては「スネ夫」の日本がアジア諸国には「ジャイアン」よろしく自動車関税の撤廃を強硬に迫り、産業協力は拒否し、「自己利益と収奪しか頭にない日本はアジアをリードする先進国としての自覚がない」と批判されるのを情けなく見てきた。
まず、日本、中国、韓国などのアジアのすべての国々が一緒になって、アジアの国々の間でTPP型の収奪的協定ではなく、お互いに助け合って共に発展できるような互恵的で柔軟な経済連携ルールをつくる。
農業の面でいえば、アジアの国々には小規模で分散した水田農業が中心であるという共通性がある。
そういう共通性の下で、多様な農業がちゃんと生き残って、発展できるようなルールというものを私たちが提案しなくてはいけない。
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すずき・のぶひろ 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)など著書多数。