オーストラリアも、日本と同じ、5月の第二日曜日が、母の日になります。
親孝行、年寄りを尊敬する、などの古い文化がある日本にしては、
母の日は地味なイベントであるのに対して、
オーストラリアの母の日は、母と言う母が、皆祝ってもらえると言う、
まるで、国民あげての大行事のような派手なイベントです。
この日の男性は、”今日は、母の日だからね”と、仕事を断り、
いそいそと、孫を連れ、遠い道のりでも、年取った母のもとに集まり、
家でパーティをしたり、ホテルやレストランで、母の日ランチの大賑わいとなります。
母は、なんだかボケも始まっていたりして、皆に真ん中に座らされて、なんだかわからないけど
嬉しい!みたいな写真を、オーストラリアの友人に良く見せられます
年取ってなくて若い母親で、子供がまだ小さくても、学校側が子供にプレゼントを作らせて持って帰らせるだけでなく、
夫さえもいっしょに祝ってくれます・・・”HAPPY Mother's day!"
私貴方の母じゃないわよ。
とは思うけれど、プレゼント貰ったりするので、そこは良しとして。
そういう派手なお祝いをしない日本人には、ちょっと売名行為のような、スタンドプレイ的で、
僕って、親孝行の、いい息子だよね…と言う無言の押し付けも感じたりして???
ちょっと気が引けたりするんでしょうが、
大切な人に、大切に思っているという気持ちを伝えるって、本当に大事な事。
親はあなたが生きている根源です。
自分が本当に愛されているんだ、何があっても愛されているんだ、と言う確認があるから、
生まれてきた意味を知ることが出来ます。
自信が生まれます。自己確認だってできます。
愛されれば愛されるほど、強くなれます。
世の中には、馬が合わず、イエ、たとえ仲が悪くはなかったとしても、
お互いの気持ちが伝わっていない親子が沢山います。
そして、そのまま関係が終わってしまうことがあるのは残念なことです。
私の友人の中に3人、母親に捨てられた(?)青年がいます。
親を発見してから、会いに行くまで随分年月がかかりましたが、皆、勇気を出して、会いに行っっています。
親に愛されたくない子供はいないし、
子どもを愛していない親はない、と思うのです。
その時に、子どもを見捨てなければならないほど、心が病気だったのだと思うのです。
その気持ちを、死に別れてからではなく、人生の早い時期にお互いにわかることが出来たら、
お互いに、心豊かな人生を送れると思いませんか?
以心伝心は、日本人の必殺技だけれど、古い武器は、もう捨てましょう。
因みに、うちの息子は、母の日に、電話してきてくれました。
嬉しかったです。
来年は、もっと母の気持ちを察して、高価なプレゼントや、現金をくれれば、私は、もっともっと、喜びます。
半分冗談です。
母を喜ばせるのは、簡単なことです。
親孝行、年寄りを尊敬する、などの古い文化がある日本にしては、
母の日は地味なイベントであるのに対して、
オーストラリアの母の日は、母と言う母が、皆祝ってもらえると言う、
まるで、国民あげての大行事のような派手なイベントです。
この日の男性は、”今日は、母の日だからね”と、仕事を断り、
いそいそと、孫を連れ、遠い道のりでも、年取った母のもとに集まり、
家でパーティをしたり、ホテルやレストランで、母の日ランチの大賑わいとなります。
母は、なんだかボケも始まっていたりして、皆に真ん中に座らされて、なんだかわからないけど
嬉しい!みたいな写真を、オーストラリアの友人に良く見せられます
年取ってなくて若い母親で、子供がまだ小さくても、学校側が子供にプレゼントを作らせて持って帰らせるだけでなく、
夫さえもいっしょに祝ってくれます・・・”HAPPY Mother's day!"
私貴方の母じゃないわよ。
とは思うけれど、プレゼント貰ったりするので、そこは良しとして。
そういう派手なお祝いをしない日本人には、ちょっと売名行為のような、スタンドプレイ的で、
僕って、親孝行の、いい息子だよね…と言う無言の押し付けも感じたりして???
ちょっと気が引けたりするんでしょうが、
大切な人に、大切に思っているという気持ちを伝えるって、本当に大事な事。
親はあなたが生きている根源です。
自分が本当に愛されているんだ、何があっても愛されているんだ、と言う確認があるから、
生まれてきた意味を知ることが出来ます。
自信が生まれます。自己確認だってできます。
愛されれば愛されるほど、強くなれます。
世の中には、馬が合わず、イエ、たとえ仲が悪くはなかったとしても、
お互いの気持ちが伝わっていない親子が沢山います。
そして、そのまま関係が終わってしまうことがあるのは残念なことです。
私の友人の中に3人、母親に捨てられた(?)青年がいます。
親を発見してから、会いに行くまで随分年月がかかりましたが、皆、勇気を出して、会いに行っっています。
親に愛されたくない子供はいないし、
子どもを愛していない親はない、と思うのです。
その時に、子どもを見捨てなければならないほど、心が病気だったのだと思うのです。
その気持ちを、死に別れてからではなく、人生の早い時期にお互いにわかることが出来たら、
お互いに、心豊かな人生を送れると思いませんか?
以心伝心は、日本人の必殺技だけれど、古い武器は、もう捨てましょう。
因みに、うちの息子は、母の日に、電話してきてくれました。
嬉しかったです。
来年は、もっと母の気持ちを察して、高価なプレゼントや、現金をくれれば、私は、もっともっと、喜びます。
半分冗談です。
母を喜ばせるのは、簡単なことです。
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