常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は、京都・嵯峨野にある貴族の別荘のようなたたずまいの寺です。小倉山の中腹の斜面を活かした緑豊かな境内は、京都の西の”はしっこ”である嵯峨野・嵐山エリアを代表する美しさで知られます。秋の紅葉の美しさも非常に有名で、嵯峨野を一望できる絶景を見ながら真っ赤に染まった境内を散策できることが最大の魅力です。
藤原定家が百人一首を選んだ山荘があったのが小倉山です。平安貴族の時代から1,000年以上に渡って人々を魅了し続けている嵯峨野を見下ろす風景が、参拝者を優雅に出迎えてくれます。
小倉山が苔に覆われている
常寂光寺の歴史は古くはありません。安土桃山時代末の1596(文禄5)年、日蓮宗の京都における中心寺院の一つ・本圀寺(ほんこくじ)の貫主だった日禎(にっしん)が隠棲の地として開いたものです。
日禎は多くの京都の町衆から深い帰依を受けており、高瀬川と大堰川を開削した豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)の一族が寺域を寄進したものです。堂宇も戦国大名・小早川秀秋の尽力や町衆の寄進で整備されています。
嵯峨野はその風光明媚さから、平安時代初めの嵯峨天皇が現在の大覚寺の地に離宮を造営して以降、貴族たちは次々と別荘を設けるようになります。藤原定家の別荘があった地は常寂光寺と北隣の二尊院にかけての地にあったと考えられています。
小倉百人一首に名を冠されたように、小倉山からの風景は貴族たちを魅了し続けました。常寂光寺はこうした伝統的な王朝文化の地であることも意識したたたずまいにしつらえられたのでしょう。
竹林の小径
最寄り駅から常寂光寺へは、竹林の小径を歩くことがやはり欠かせません。今や世界中の観光客を魅了し、京都を代表する観光スポットになっています。いつもたくさんの人で賑わっています。不思議なことに竹林の密度が濃く鬱蒼としていることから喧騒がかき消されます。空気もとてもおいしく感じます。ここを通るたびにバンブー・パワーのすごさに感服してしまいます。
仁王門
入口の山門をくぐると、ここは茶室かと思えるような、雅(みやび)と寂(さび)が融合した上質な仁王門が見えてきます。それもそのはず、この門の屋根は茅葺(かやぶき)なのです。
茶室や別荘のような非日常を楽しむ建物の門には茅葺はよくありますが、門の中で金剛力士がにらみを利かす仁王門が茅葺というのはとても珍しいです。これには開山の日禎を”権力者から護る”ための町衆の知恵が隠されている気がしてなりません。
日禎は1595(文禄4)年、秀吉が方広寺大仏殿での先祖供養の法要に全宗派の僧に出仕を命じた際に、出仕を拒否して本圀寺を去ります。法華宗徒以外との関わりを拒絶する不受不施派(ふじゅふせは)の考えを貫いたためです。日蓮以来、他宗を否定する傾向のある法華宗の中でも不受不施派は特に過激でした。秀吉に続く家康からも警戒され、ついにはキリスト教と並んで幕府から禁教とされます。
町衆は「日禎はあくまで隠居しており、不受不施派に影響を及ぼすことはない」と示すように、仏教寺院というよりも隠居老人の終の棲家に見えるようなたたずまいにしたように思えます。
本阿弥光悦の光悦寺や石川丈山の詩仙堂など、徳川幕府から警戒されていたとも考えられる知識人も同様のたたずまいの邸宅です。世俗とは距離を置き、文芸三昧に生きることが権力者から難癖をつけられないようにする知恵でした。
小倉山の斜面に造られているため、境内はなだらかに斜面を登るように造られています。仁王門から本堂、そして多宝塔へと、苔や木々と調和した美しい参道を昇っていくこと自体、ワクワクしてきます。
【公式サイトの画像】 多宝塔
寺で唯一の重文建築・多宝塔の美しさは、日本一美しい石山寺の国宝・多宝塔に引けを取りません。優雅な小倉山の斜面の緑にとても調和して立っています。こちらも金に糸目をつけず、町衆が美しさを追求して建築し、寄進したものです。ここからも嵯峨野の眺めは、平安時代から上流階級が独り占めしてきた極上の空間です。
紅葉期の常寂光寺の美しさはあえて説明するまでもありません。京都でもトップクラスです。一度は体験されることをおすすめしますが、やはり混雑は避けられません。ピーク時から1週間ほど前後にずらすだけでも充分に美しいことは保証します。特に後は、紅葉の葉が苔の上に落ちて真赤な絨毯になっている絶景が楽しめます。
秋だけではありません。山の斜面にあるがゆえに四季を通じて植物の彩を満喫できます。平安時代から続く別荘の空間美は、ここ京都の”はしっこ”でしか味わえません。
こんなところがあります。
ここにしかない「美」があります。
今の寺が生きる現実を知ってください
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常寂光寺
【公式サイト】https://www.jojakko-ji.or.jp/
原則休館日:なし
入館(拝観)受付時間:9:00~16:30
◆おすすめ交通機関◆
JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅下車、南口から徒歩15分
京福電鉄・嵐山本線(嵐電、らんでん)「嵐山」駅下車、徒歩15分
阪急電鉄・嵐山線「嵐山」駅下車、徒歩25分
JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
京都駅→JR嵯峨野線→嵯峨嵐山
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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