日本建築の鑑賞を重ねてくると、どの部分が美しいかを説明するために部材や特定箇所を示す専門用語をよく耳にするようになります。部材であっても実に見事なカーブや、実に見事なデザインが表現されていることは普通にあります。そんなことに気づき始めると、少しずつ部材への関心が沸いてくるようになります。
各部材にはその建築に携わった作事家や大工の熱い思いが込められています。歴史的建造物の解体修理の際に「柱に大工の名前が書かれていた」というニュースをよく耳にします。表立って自分の作品であることが言えなかった時代に、「いつか誰かが気付いてくれるかもしれない」というはかない思いをいにしえの大工たちは抱いていたのでしょうか。
ここでは日本建築の「裏方となるパーツを理解する」ために知っておきたい部材・特定箇所の名称についてお話しします。現代の住宅でも用いられる用語も多いため、聞いたことがある用語は結構あると思います。しかし正確な意味を案外知らなかったりします。そんな時に役立ててください。
1)建築の骨組み、梁・桁・貫の違いは?
住宅を支える部材にはすべて名称が付いていますが、美術鑑賞目的で知ってくと便利な部材に限って図示しています。
赤色で示した「柱(はしら)」はこの図の中で、最も説明する必要はない部材でしょう。建物を地面と垂直方向に支える部材です。
一方少し注意が必要なのは地面と水平方向に設置された部材です。黄色で示した「梁(はり)」と水色で示した「桁(けた)」は、柱をつないで屋根や床を支えるという役割は同じです。設計や建築時に明確に区別する必要があるために、建物を上から見た際に長辺と短辺のどちらを指しているかがわかるように異なる名称になったものです。
しかし通常は短辺になる「妻」が長辺になっている場合や、建物が正方形の場合もあります。そのため梁/桁の名付け方は、便宜的に決められます。建物の縦横どちらを指すかは、鑑賞目的だけなら気にする必要はありません。
緑色で示した「貫(ぬき)」も梁/桁と区別がつきにくい部材です。縦横方向いずれも「貫」と呼びます。柱に穴をあけて貫通させることで柱同志を強固に連結します。貫は、鎌倉時代の東大寺・大仏殿復興の建築様式「大仏様」で、日本で初めて採用されました。大仏様は中国の建築様式ですが、様式そのものはその後すぐに廃れました。しかし耐震効果が大きい部材としての「貫」だけは、日本全国に広まったのです。
「貫」が登場する以前には同じ役割を「長押(なげし)」が担っていました。長押は柱に釘で打ち付けていたため強度が弱かったのです。
【Wikipediaへのリンク】 柱
【Wikipediaへのリンク】 梁
【Wikipediaへのリンク】 桁
【Wikipediaへのリンク】 貫
【Wikipediaへのリンク】 長押
2)日本建築の大きさは“見た目”で表す
東大寺大仏殿の正面に柱(黄色表示)は八本ある
日本建築の大きさは伝統的に、度量衡で示す物理的な大きさではなく、「柱の間隔がいくつあるか」という“見た目”で説明されてきました。現代でも歴史的建造物の大きさの説明に多用されます。慣れてくると、大きさをイメージしやすいことから結構便利な表現です。
二本の柱ではさまれた間隔を「間(けん)」と言います。例えば「正面三間」とは、「建物の入口がある面に柱が4本、柱間が3つある」という意味になります。日本の伝統的な長さの単位である「間」を示すものではありません。建物によって物理的な長さは異なり、同じ建物でも異なる場合もあります。
「間」は中世から長さの単位としても用いられるようになったため、ややこしくなりました。しかも永らく時代や地域で不統一でした。地域によって部屋の大きさや畳のサイズが異なるのは、江戸時代に「間」の長さが不統一だったためです。「1間=6尺」で統一されたのは明治になってからです。
「桁行(けたゆき)」、「梁間(はりま)」は桁方向/梁方向の辺の呼び名です。「桁行四間、梁間三間」のように、建物の大きさの概念を説明します。
【Wikipediaへのリンク】 間
3)屋根は裏から見ても綺麗
海住山寺・五重塔 整然と並ぶ「垂木」
軒下や天井のない仏教寺院建築で屋根を裏側から見ると、実に様々な部材が使われ、デザインにも工夫が凝らされていることがわかります。
仏教寺院建築の軒下では通常、屋根を支える「垂木(たるき)」を隠さずにあえて見せています。等間隔に整然と並んでいる様子は、テンポが綺麗で、木のぬくもりも感じさせます。また軒下空間が大きい場合に垂木は継ぎ足して延長されていることがあります。角度の違う垂木がより大きく整然と並ぶことになり、一層木のぬくもり感を強くします。
重い屋根の軒を一生懸命支える「組物」
軒を支える「組物(くみもの)」は、屋根の重量がかかる点を分散させるとともに、揺れに対する緩衝材としても重要なパーツです。「斗栱(ときょう)」という場合もあります。地震の多い日本で、重い屋根を支えて現代まで建物を残している要因の一つに、この「組物」の働きがあると考えられています。
言葉では言い表せないほどとても複雑な形状をしていますが、これが実に軒下の光景にマッチしています。部材を作るときに“見た目”を綿密に計算しており、まさに3Dパズルの芸術です。
お寺に行ったときはぜひ、軒下から屋根の裏側を眺めてみてください。木のぬくもりを感じ、落ち着いた気分になります。おすすめです。
【Wikipediaへのリンク】 垂木
【Wikipediaへのリンク】 組物
4)足元にもしっかりデザイン
礎石 <法隆寺 西院伽藍 回廊>
「礎石(そせき)」とは、柱や土台の下に敷いて建物を支える石です。重量が重い瓦葺屋根の建物では柱が地面にめり込んでしまうため特に必要です。地面から湿気が直接伝わらないため、柱の耐久性を増す役割をします。また礎石と柱は固定されていない「石場建て(いしばだて)」であり、地震の揺れに柔軟に対応します。
仏教寺院や宮殿建築には飛鳥時代から用いられ、平安時代以降は公家・武家を中心とした上流階級の住宅でも用いられました。庶民の住宅に普及するのは明治になってからです。
建物を建てる最初の工程として礎石を置き始めることを「定礎(ていそ)」と言いました。現代では建物を建て始める時ではなくできた時に行うセレモニー「定礎式」に意味が変化しています。
一方、礎石を用いずに柱を直接地面に埋める建物を「掘立柱(ほったてばしら)建物」と言います。江戸時代まで庶民の住宅を中心に残っていました。庶民の住宅の屋根は板葺や茅葺で重量が軽いため、建設コストが安い掘立柱が好んで用いられました。現代、粗末な建物のことを「ほったて小屋」と言いますが、語源は「掘立柱」です。
創建の古い神社で、一定期間ごとに本殿を建て替える「式年遷宮」を行うような神社の本殿は、現在でも「掘立柱建物」です。伊勢神宮が代表例です。
礎盤 <相国寺 法堂>
禅宗様建築では、柱と礎石の間に「礎盤」を置きます。柱の足元が引き締まって見えます。
【Wikipediaへのリンク】 礎石
【Wikipediaへのリンク】 掘立柱建物
【Wikipediaへのリンク】 礎盤
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