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あまりにも,寒い。こんなに冬って寒かったっけ?
留守にしていたせいで家の中が冷えきっていて、暖まるのにかなり時間がかかった。
お陰で、今日は3回もお風呂に入りました~。お風呂だけはいつでもお湯が44度になっているんですものぉ~。文明が進んでるって素晴らしいことですねー。
今朝7時に成田に到着した私は、ほんとに我ながらバカ丸出しな格好なため、凍えそうでしたのです。
相も変わらず、暖かい所に行くとすっかり東京の寒さをすっかり忘れてしまうため、Judyの格好ときたら、陽に焼けた素足にサンダルが嬉しくて、その上ジーンズにTシャツの上は、ジャンバーという軽装。
ちゃんとコート等を着て暖かそうに並んでいる他の乗客の皆様を横目で見つつ、私は寒くないんだもんネーと平静を装いながらも、ずっーと、寒いよ~,寒いよ~、と小声でつぶやき、税関を通過。
車は、空港の前ですでに待っていたので、出口から車まで、一気に猛ダッシュしたのでした。
車の中でテレビのニュースを見たら、大雪で秋田は新幹線が止まっているとか、仙台では人が暴風で吹き飛ばされそうになっていたりとか、長野では大雪で家が崩壊していたりと、これじゃあ,寒くて当たり前だす。やはり地球温暖化現象による異常気象なのだろうか。エコツアーにどっぷり浸ったJudyとしては、これから地球環境を守るためになんとかしなければならぬ、と真面目に思いながらも、車のシートのヒーターに思わずスイッチを入れてしまうのでした、、、。
家に入るなり一番にお風呂のスイッチをONにしお風呂を湧かす。そして冷えきったお部屋が暖まるまで、キッチンのガスコンロを全部点火して、しばらくたき火のように手をかざしておりました。
そんな中、テレビで北海道の旭川で零下20℃に耐えるホームレスが取材されていた。
橋の下にテントを張って暮らしている。もちろん辺り一面深い雪です。
見てるだけで寒そう、、、
夜間は火が絶えると死ぬので、一晩中炭を燃やしているらしい。
それでも凍え死ぬんじゃないのぉー!と心配でその続きを見ていたら、朝のシーンになり、どこかで仕入れて来たお餅をその炭で焼いて食べていた。ぜんぜんへっちゃらに生きている様子に、ほっとした。
なんて、すごい生命力なのだろう。ここの2℃でさえJudyくんはこんなにブルブル震えているというのに,この人すごすぎる!と妙に感心する。
暑さには強いが、寒さには年々弱くなって行くような気がする私としては、亜熱帯のジャングルでは生きられるかもしれないが、北極では生きられない、です。
昨年末のゴルフだって、あまりの寒さに逃亡したくなったくらいです。
超寒い風がビュンビュン吹いて、木の陰に何度も隠れたりして寒さをしのぎ、コースでは意味もなく走ったりして身体を温めたり,あの手この手で暖を取ろうと努力するのですが,人が打つときはジィッとしていなければならないので、すぐ冷える、、、私はやはり冬のゴルフは無理だと悟った。去年の夏は,冬でもゴルフはやるからねっ!とかなり強く宣言していましたが、仲良しReiさんのようにバリバリ競技に出る選手にはなれそうもありません、、寒さに負けてしまった事を素直に認めてしまいます。
しかし、矛盾しているようだが、何故なんだかなー、スキーは平気なんですねー。
肌が出る部分が少ないし、かなり着込む上、身体を動かしている時間が長いからそれほど寒さを感じないのだろうか。
ゴルフでも、これでもかと着込むことができて、顔全体を覆うデストロイヤーのようなマスクとかかぶれたりすると、結構ナイスなのですが,それはやはり美しさを追求しているJudyとしては変すぎますね。しかもたくさん着込むと身体が思う様に回らなくなるので、どうしてもプレイ中はスコア重視になるため、どんどん脱ぎたくなってしまう。だから,着たり脱いだりめんどくさいのもイヤッ。ハワイに住んでいたら、一年中夢中になれたのにね、ごめんなさいねー、Reiさん、それから、ゴルフのためなら何でも買ってくれる夫にも、謝っておきます。(また春になったらデビューしますから。それまでせいぜい家の中で素振りしてますから、許してくだしゃい。)
今日の夕方、そういえばJudy奥様は青山のリンドバーグで夫にゴルフウエアを買ってもらってしまったりしています。
暑さにも寒さにも強い人間になれたら、どんなにストレスがないことでしょう。
あまりに暑すぎるのも、人は集中力に限界が出るし、効率が断然悪くなるものです。
寒いと、外に出たくなくなるし、フットワークが重くなります。
こうして家の中で暖房だの冷房だの電気をフルに使用できるのが、当たり前のようだけれど、何てありがたいとしみじみ思う。
ボルネオのジャングルでは、もちろん電気なんて供給されないので、ソーラーを利用して自家発電だった。もちろん部屋には冷房なんてありませんでした。夜になると、外は真っ暗。ロッジの中はほのかな灯。夜のリバークルーズに出た時は、あまりの暗さと静けさに恐怖を感じたほど。
ここ六本木にいると、どんなに家を暗くしたって、六本木ヒルズは前にはだかっているし,カーテンを閉めないと完全に暗くならない。
息子は、ボルネオでかなり夜の闇に怯えていたけれど、元来、夜はこんなに暗いという事を理解してくれただろうか。
旅行中、何かと今話題になっている『下流社会』という本を読んだ。
余談ですが、ダンスとかカラオケとか絵を書くとかサブカルチャー的なことが好きだと下流らしい。(私、実は下流だったのぉ?)必死で上流らしき人が好む事を当てはめてみたりして、なんとか当てはまってはおりましたよーん。旅行が好きとか、ゆとりを好むとか品が大切とか、ねっ。
面白いのですが、結構、反論したくなることもあったので、この件はまた後日ブログに書きたいと思います。
その本では私の世代は『新人類』に分類されていました。
まだ日本がそんなに豊かではない時代に生まれ,私たちの成長とともに、父親達の世代が頑張れば頑張るほど、そのご褒美の様に、どんどん世の中が便利になっていったので、どんな風に進化してきたのかを私たちの新人類は変化を見てわかっている。
そういえば小学生高学年のとき、ラジオから流れる曲を大きなカセットデッキに初めて録音しました。絶対しゃべらないでと頼んだのに妹の話し声と一緒に野口五郎の私鉄沿線が録音されちゃったりして、妹と殴り合いになったこともございました。
父が電化製品が大好きだったので、新製品が発売されるとすぐに家にありました。
今思えば、私たちにとっての新しいパソコンとか携帯とかの感覚だったのでしょうか。
懐かしい時代です。
大学生のとき初めて携帯電話を父に買ってもらいました。
大きな機械に受話器がついているもので、肩に掛けられる様になっていました。とても重い。
あれを考えるとたった20年で今の携帯電話への進化が信じられない。
今や、海外でも同じ番号で手軽に話が出来ますが、あの頃は県外へ行ったりすると、それが相手にばれてしまう。
麻雀と言って若い彼女と箱根方面などへ温泉旅行へ行ってしまって、浮気がばれたオジ樣方もいましたね~。
でも息子達が生まれた時(1995年)は既にバブルも崩壊し、物が溢れ、生活環境がドラエモン化しているため、皿洗い機に汚れた食器を入れてスイッチを入れればピカピカになって出てくるし、見たいテレビは自由にボタン操作で録画できるし、遊びと言えばゲーム機にソフトを入れれば色々なゲームをバーチャルに楽しめるし、24時間コンビニは開いているし、時々彼の目線から思考回路を考えるとどんな感覚なのだろう、と不思議に思う。
最近、恐ろしすぎる子供の事件が頻繁に起きているけれども、この辺のことと密接に関係しているのだろうと思います。
スイッチひとつで何でも可能だと思ってしまっている感覚は,空恐ろしい。
天災が来たら、生きる能力がどこまで備わっているのか、、、
だから、人間の原点をしっかりと教え込まなければなりません。
お話を聞かせても、本を読ませても、ダメなことはないけれど、宇宙人のような彼らには限界がある。身体で体験してしっかりと感じて知ってもらわないと理解できないでしょう。
んなことを今回の旅で、つくづく思った次第です。
何しろ、朝起きて川へ行ったら、向こうの川岸では、親子が川で髪の毛を洗っていたり、洗濯していたのを見て息子と驚く様です。川と言っても泥のような川。
そこでは水は貴重なのです。
だいたい水道水が飲める国は日本だけだと聞いた事があるほど、私たちにとって、お水はいつでもどこでも好きなだけ飲めるし浴びれる当たり前に存在しているもの。
水の心配なんてまじめにしたことがない。天災がきたらどうしようと思ってミネラルウオーターを
1ダース位保存してあるくらいだ。
自分の足元だけ見ていたら、盲目になっちゃうのではないかと思う。
広い世界を見渡し、そこで何かを感じ、その意味を考え、そして自分の存在の意義を知ること。
原点を体験する事で、私自身も息子と共に何か大切な事を学んでいます。
日頃マンガやゲームばかりやりたくて私に怒られていた息子が、今日は一日夢中になって読書をしていました。なんか彼の中に変化があったのだろうか、、
その上、その辺に着ていた服を脱ぎ散らかしていたら、
「今年はお母様と僕で整理整頓しよう」、と真顔で言われた。無言のまま笑顔でたたんだおかあさまでござんす。
そうだった、2006年の目標のひとつは、『整理整頓』でしたねぇ~。
今日、すでに、、、トランクは、車から出して地下の駐車場に置き去りのまま、、、、
明日から、がんばりまーーすぅ~
留守にしていたせいで家の中が冷えきっていて、暖まるのにかなり時間がかかった。
お陰で、今日は3回もお風呂に入りました~。お風呂だけはいつでもお湯が44度になっているんですものぉ~。文明が進んでるって素晴らしいことですねー。
今朝7時に成田に到着した私は、ほんとに我ながらバカ丸出しな格好なため、凍えそうでしたのです。
相も変わらず、暖かい所に行くとすっかり東京の寒さをすっかり忘れてしまうため、Judyの格好ときたら、陽に焼けた素足にサンダルが嬉しくて、その上ジーンズにTシャツの上は、ジャンバーという軽装。
ちゃんとコート等を着て暖かそうに並んでいる他の乗客の皆様を横目で見つつ、私は寒くないんだもんネーと平静を装いながらも、ずっーと、寒いよ~,寒いよ~、と小声でつぶやき、税関を通過。
車は、空港の前ですでに待っていたので、出口から車まで、一気に猛ダッシュしたのでした。
車の中でテレビのニュースを見たら、大雪で秋田は新幹線が止まっているとか、仙台では人が暴風で吹き飛ばされそうになっていたりとか、長野では大雪で家が崩壊していたりと、これじゃあ,寒くて当たり前だす。やはり地球温暖化現象による異常気象なのだろうか。エコツアーにどっぷり浸ったJudyとしては、これから地球環境を守るためになんとかしなければならぬ、と真面目に思いながらも、車のシートのヒーターに思わずスイッチを入れてしまうのでした、、、。
家に入るなり一番にお風呂のスイッチをONにしお風呂を湧かす。そして冷えきったお部屋が暖まるまで、キッチンのガスコンロを全部点火して、しばらくたき火のように手をかざしておりました。
そんな中、テレビで北海道の旭川で零下20℃に耐えるホームレスが取材されていた。
橋の下にテントを張って暮らしている。もちろん辺り一面深い雪です。
見てるだけで寒そう、、、
夜間は火が絶えると死ぬので、一晩中炭を燃やしているらしい。
それでも凍え死ぬんじゃないのぉー!と心配でその続きを見ていたら、朝のシーンになり、どこかで仕入れて来たお餅をその炭で焼いて食べていた。ぜんぜんへっちゃらに生きている様子に、ほっとした。
なんて、すごい生命力なのだろう。ここの2℃でさえJudyくんはこんなにブルブル震えているというのに,この人すごすぎる!と妙に感心する。
暑さには強いが、寒さには年々弱くなって行くような気がする私としては、亜熱帯のジャングルでは生きられるかもしれないが、北極では生きられない、です。
昨年末のゴルフだって、あまりの寒さに逃亡したくなったくらいです。
超寒い風がビュンビュン吹いて、木の陰に何度も隠れたりして寒さをしのぎ、コースでは意味もなく走ったりして身体を温めたり,あの手この手で暖を取ろうと努力するのですが,人が打つときはジィッとしていなければならないので、すぐ冷える、、、私はやはり冬のゴルフは無理だと悟った。去年の夏は,冬でもゴルフはやるからねっ!とかなり強く宣言していましたが、仲良しReiさんのようにバリバリ競技に出る選手にはなれそうもありません、、寒さに負けてしまった事を素直に認めてしまいます。
しかし、矛盾しているようだが、何故なんだかなー、スキーは平気なんですねー。
肌が出る部分が少ないし、かなり着込む上、身体を動かしている時間が長いからそれほど寒さを感じないのだろうか。
ゴルフでも、これでもかと着込むことができて、顔全体を覆うデストロイヤーのようなマスクとかかぶれたりすると、結構ナイスなのですが,それはやはり美しさを追求しているJudyとしては変すぎますね。しかもたくさん着込むと身体が思う様に回らなくなるので、どうしてもプレイ中はスコア重視になるため、どんどん脱ぎたくなってしまう。だから,着たり脱いだりめんどくさいのもイヤッ。ハワイに住んでいたら、一年中夢中になれたのにね、ごめんなさいねー、Reiさん、それから、ゴルフのためなら何でも買ってくれる夫にも、謝っておきます。(また春になったらデビューしますから。それまでせいぜい家の中で素振りしてますから、許してくだしゃい。)
今日の夕方、そういえばJudy奥様は青山のリンドバーグで夫にゴルフウエアを買ってもらってしまったりしています。
暑さにも寒さにも強い人間になれたら、どんなにストレスがないことでしょう。
あまりに暑すぎるのも、人は集中力に限界が出るし、効率が断然悪くなるものです。
寒いと、外に出たくなくなるし、フットワークが重くなります。
こうして家の中で暖房だの冷房だの電気をフルに使用できるのが、当たり前のようだけれど、何てありがたいとしみじみ思う。
ボルネオのジャングルでは、もちろん電気なんて供給されないので、ソーラーを利用して自家発電だった。もちろん部屋には冷房なんてありませんでした。夜になると、外は真っ暗。ロッジの中はほのかな灯。夜のリバークルーズに出た時は、あまりの暗さと静けさに恐怖を感じたほど。
ここ六本木にいると、どんなに家を暗くしたって、六本木ヒルズは前にはだかっているし,カーテンを閉めないと完全に暗くならない。
息子は、ボルネオでかなり夜の闇に怯えていたけれど、元来、夜はこんなに暗いという事を理解してくれただろうか。
旅行中、何かと今話題になっている『下流社会』という本を読んだ。
余談ですが、ダンスとかカラオケとか絵を書くとかサブカルチャー的なことが好きだと下流らしい。(私、実は下流だったのぉ?)必死で上流らしき人が好む事を当てはめてみたりして、なんとか当てはまってはおりましたよーん。旅行が好きとか、ゆとりを好むとか品が大切とか、ねっ。
面白いのですが、結構、反論したくなることもあったので、この件はまた後日ブログに書きたいと思います。
その本では私の世代は『新人類』に分類されていました。
まだ日本がそんなに豊かではない時代に生まれ,私たちの成長とともに、父親達の世代が頑張れば頑張るほど、そのご褒美の様に、どんどん世の中が便利になっていったので、どんな風に進化してきたのかを私たちの新人類は変化を見てわかっている。
そういえば小学生高学年のとき、ラジオから流れる曲を大きなカセットデッキに初めて録音しました。絶対しゃべらないでと頼んだのに妹の話し声と一緒に野口五郎の私鉄沿線が録音されちゃったりして、妹と殴り合いになったこともございました。
父が電化製品が大好きだったので、新製品が発売されるとすぐに家にありました。
今思えば、私たちにとっての新しいパソコンとか携帯とかの感覚だったのでしょうか。
懐かしい時代です。
大学生のとき初めて携帯電話を父に買ってもらいました。
大きな機械に受話器がついているもので、肩に掛けられる様になっていました。とても重い。
あれを考えるとたった20年で今の携帯電話への進化が信じられない。
今や、海外でも同じ番号で手軽に話が出来ますが、あの頃は県外へ行ったりすると、それが相手にばれてしまう。
麻雀と言って若い彼女と箱根方面などへ温泉旅行へ行ってしまって、浮気がばれたオジ樣方もいましたね~。
でも息子達が生まれた時(1995年)は既にバブルも崩壊し、物が溢れ、生活環境がドラエモン化しているため、皿洗い機に汚れた食器を入れてスイッチを入れればピカピカになって出てくるし、見たいテレビは自由にボタン操作で録画できるし、遊びと言えばゲーム機にソフトを入れれば色々なゲームをバーチャルに楽しめるし、24時間コンビニは開いているし、時々彼の目線から思考回路を考えるとどんな感覚なのだろう、と不思議に思う。
最近、恐ろしすぎる子供の事件が頻繁に起きているけれども、この辺のことと密接に関係しているのだろうと思います。
スイッチひとつで何でも可能だと思ってしまっている感覚は,空恐ろしい。
天災が来たら、生きる能力がどこまで備わっているのか、、、
だから、人間の原点をしっかりと教え込まなければなりません。
お話を聞かせても、本を読ませても、ダメなことはないけれど、宇宙人のような彼らには限界がある。身体で体験してしっかりと感じて知ってもらわないと理解できないでしょう。
んなことを今回の旅で、つくづく思った次第です。
何しろ、朝起きて川へ行ったら、向こうの川岸では、親子が川で髪の毛を洗っていたり、洗濯していたのを見て息子と驚く様です。川と言っても泥のような川。
そこでは水は貴重なのです。
だいたい水道水が飲める国は日本だけだと聞いた事があるほど、私たちにとって、お水はいつでもどこでも好きなだけ飲めるし浴びれる当たり前に存在しているもの。
水の心配なんてまじめにしたことがない。天災がきたらどうしようと思ってミネラルウオーターを
1ダース位保存してあるくらいだ。
自分の足元だけ見ていたら、盲目になっちゃうのではないかと思う。
広い世界を見渡し、そこで何かを感じ、その意味を考え、そして自分の存在の意義を知ること。
原点を体験する事で、私自身も息子と共に何か大切な事を学んでいます。
日頃マンガやゲームばかりやりたくて私に怒られていた息子が、今日は一日夢中になって読書をしていました。なんか彼の中に変化があったのだろうか、、
その上、その辺に着ていた服を脱ぎ散らかしていたら、
「今年はお母様と僕で整理整頓しよう」、と真顔で言われた。無言のまま笑顔でたたんだおかあさまでござんす。
そうだった、2006年の目標のひとつは、『整理整頓』でしたねぇ~。
今日、すでに、、、トランクは、車から出して地下の駐車場に置き去りのまま、、、、
明日から、がんばりまーーすぅ~
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