「ワインはサイエンスとポエムの融合」
ワインの香り研究の第一人者、ボルドー第二大学醸造学部の富永敬俊博士の座右の銘。
富永博士はワインの香りの研究でボルドー大学で博士号を取得し、「ブドウ品種の特徴香を決定付けるアロマの発現メカニズム」を世界で初めて解明した方です。
博士がソーヴィニヨン・ブランの香りの研究をしていた頃、偶然怪我をした幼鳥を拾い、その黄色い羽から「きいろ」と名づけ大切に育てていました。不思議なことに、きいろはソーヴィニヨン・ブランの香りがしたそうです。
最愛のきいろは暮らしだして10ヶ月を過ぎた頃、突然亡くなり悲しい別れとなりました。研究に没頭した博士は、その数ヵ月後ソーヴィニヨン・ブランの素を解明することに成功することとなります。
2003年、博士は10数年の研究生活と小鳥の記録を「きいろの香り」という著書に記しました。
この研究成果に興味を示したワインメーカーがありました。日本の「メルシャン」です。
その頃メルシャンでは、甲州の新しい可能性を求め研究中でした。
90年代後半には、甲州ワインの原料であるブドウ品種甲州の生産は、最盛期の約半分にまで落ち込んでいました。巨峰やピオーネなどに押され生食用の需要の低下、輸入ワイン増加によるワインの原料としての低迷などがその原因。
また甲州から造られたワインは“個性が目立たず平凡”と評価され、日本の畑から姿を消そうするまでになっていたのです。
そんな状況をなんとかしょうとメルシャンを中心とするワイナリーと農家が立ち上がり、甲州ブドウの香りの改良に乗り出していました。
試行錯誤の後、メルシャンの小林研究員たちは発酵試験中、ひとつだけかつてない香りを見つけました。
甲州ワインから柑橘系の香りがしたのです。
そこですぐさま、この発見をフランスの富永博士に伝え、香りの元の解明を依頼しました。
小林研究員もこの香りの研究のため渡仏し、博士とともに研究をすすめ、これまでにない革新的な甲州ワインの開発に取り組みました。
そして、偶然の香りの発見から約一年。博士の多大な指導とブドウ農家、造り手の工夫のなか、2005年に「甲州きいろ香」が発売されたのです。
ラベルには博士への尊敬の意を表して、きいろの姿が描かれています。
発売された時に、変わった名前、鳥の絵はデザイン上の物?と思っていましたがこんな秘話があったのですね。
しかし、富永博士は2008年53歳の若さで他界します。
亡くなられたその日は、奇しくもきいろの命日と同じであったと言います。
2012年は気候条件に恵まれ、高品質な甲州ブドウが収穫でき素晴らしいヴィンテージが出来上がったそうです。このヴィンテージの中でも更に特別なワインが、富永博士に捧げるワイン「シャトーメルシャン甲州きいろ香 en Hommage a Taka2012」として2013年に発売されました。
そのラベルには、博士ときいろの日々をモチーフにした絵本「いとしの小鳥きいろ」の絵があしらわれ、博士が残したメッセージも記されています。
きいろ香は飲んだことはありますが、残念ながらこの一本は、今じゃぁ、手に入りません。気づくのが遅すぎました。しかし先日絵本を手に入れました。素敵で切ない大人の絵本です。
最近では官民あげて、甲州ワインを世界に発信し、認められつつあると聞きます。富永博士のような方や醸造家、ワイナリーそして農家の方などが日本のワインの向上に尽力されていることには、ワイン愛好会として、感謝するとともに誇りに思います。
ラベルに記されているメッセージは次のようです。
ワインの研究を小鳥たちと過ごす時間は「聴こえない唄声」の探訪でもあるのです。
そこには人が感じることのできるすべてがあります。
しかし、失望は決して・・・。
希望をもって私は香りの海へと旅立つ。
未来に待っているのは何であろうか。
小鳥「きいろ」はこう教えてくれた。
「耳を済ませばいままでとは別の音が聴こえる」
冒頭に掲げた博士の座右の銘「ワインはサイエンスとポエムの融合」といい、博士、カッコ良すぎます!
※ブログを書くにあたり、メルシャンのHP等を参考、引用させていただきました。詳しくはメルシャンHPをご覧ください。
※「いとしの小鳥 きいろ」は河出書房新社より出版されています。