和楽の会民謡(唄、三味線、尺八、太鼓、箏 etc..)

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2016年 私の目指す民謡とは

2016-01-03 21:14:40 | 日記
和楽民謡ファンの皆様 今年の目標は競技を意識しないです。 私が民謡を始めた頃、その頃の夢は決勝に進出する  でした。 そして私は自分の競技する姿をビデオに撮影を行い、その自らの姿を検証してきたのです。 それらを見てみますと、ひとつのパターンがあることに気が付きました  それは、決勝での唄は予選よりも落ちるという結果でした  どうしても決勝に残ると





    もしかしたら  優勝  





そんなあってはならない期待や渦巻く欲望が唄を駄目にしてしまうからだと分析をしております。 つまり、民謡に日本一は必要ないのかもしれません。 いや日本一を夢観るからこそ 多くの民謡人が毎日毎日、一生懸命に民謡の練習に励み頑張っているのは事実でございます。 ですが、私の場合、欲望が確実に自分の唄には邪魔となっているようなので、自分のその、いつの日か日本一という出来もしない果てしない夢は忘れ去り、ただひたすら自分の追い求める唄というものは、一体何なのかを追及し生きてゆくことこそが、自分の最も理想であるのだと最近、思うようになってきました。

前に私が日本一に輝かれた民謡仲間に質問したことがあったのです。 「日本一になられてどんな気分ですか」 その質問をした時に私は心の中で答えを予想していたのです。 予想では、「日本一になれて本当に夢のようで嬉しいです」と・・ ところが答えは全く違ったものでした   「ただの通過点です 日本一になったからといっても何になれるわけでもありませんからね」 うーん、そうだったのか  そんなに感激できないものなのか  勿論、人はそれぞれですので、私がもし、いつの日か日本一に輝けたならば、どんな気持ちになれるのかなんてわかりません。

でも、通過点に過ぎないと言われれば、それは確かにその通りであることだし、なるほどと思いました。 それに今の私には、音戸の日本一って・・ それは卒業するという意味でもあるので・・ 寂しいんですよね。 しげさ節東京コンクールのような、優勝者が出演できるような仕組みを是非とも検討していただきたいと思っているのですよ。 ただ、今の私はただの1競技者ですので、いつの日か、万が一、優勝者に輝ける日が来たならば、ちゃんとお手紙により、そのことを願う文を伝えたいと考えているのです(駄目もとですが)

優勝者が披露できる場が大会に組み込むことが、もし可能になったならば、その生の見事な唄から、競技選手は更なるヒントを掴むことが可能となり、それが更なるレベルアップと繋がることでございましょう。 優勝者はお役目御免 のままでは、その優勝者は音戸に訪れず、参加も出来ず、音戸の技術も落ちてゆくこととなるでしょう(予測) そんな大会のままでは例え優勝者が東京へ行き民謡フェスティバルに出場できたとしても、あの強豪だらけの高いレベルの中で埋もれてしまうのではなかろうかと心配しているのです。

例えば、こばさん、まりさんの音戸、来年から聞けないのですよ、今のルールだと・・ いやなんと勿体無い つまり、優れた音戸の舟唄が毎年、1名づつ消えていっているのですよ。 高下先生の音戸の舟唄も、きっと聴きたい競技者は百万人以上いると思いますが・・ 残念なことに大会中には聴けないのです(現状では) そう考えますと第30回記念隠岐しげさ節全国大会では、過去の優勝者の技術を聴かせてくださって勉強になりました~ だんだん

第9回音戸の舟唄全国大会に出場される競技者の皆様へ 最後のこばさんの音戸の舟唄、朝のオープニングに出演されると思いますが、絶対に観ておいてくださいませ それを逃してはなりませんよ  そして、その生の唄声を心に覚え込ませて、第10回大会に備えていただけたらと私、思っているのでございます  本日もご拝読、誠にありがとうございました 

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