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人の縁は一瞬の繋がりだと思う 第1話

2016-06-09 10:42:15 | 日記
今日、ここに書くことは将来の自分のために記しておきたい大切な私の民謡人との出会いのお話でございます。 人には、それぞれ様々な人との出会いが生まれます。 私は本当に素晴らしい民謡人との出会いがありました。 なぜ、こんなにも運が良いのかと、今、懐かしく感じております。 久しぶりにお祝いコンサートを眺めてみました。 私のような者が、あのような素晴らしいコンサートを開けたこと、また、それに協力を惜しまなかった偉大な先生方。 大変でしたが、私にとっては一生涯の宝物です。 もう二度と、あれだけのメンバーを集めることは、私には決して出来ないことでしょう。 あれが最初で最後だったように感じております。

人の縁は長い人生の時を考えてみれば、本当に一瞬だと思う。 一瞬だけれども、その一瞬の大切さが、今だからこそ、私にはわかるのです。 人と出会ったって・・ その人の素晴らしさが理解できる、感動できる器がなければ、互いに輝きません。 私は良い民謡人と不思議にも次々と出会うこととなった。 元はと言えば、NHK広島が放映した「音戸の舟唄全国大会」を見たことが大きなきっかけとなる。 私は歌うことが好きだった。 尾崎豊の I LOVE YOU や シェリー 父が生きていた頃、よく歌っていた 鳥羽一郎の 兄弟船 そして母が私が小さな頃から唄ってくれてた 隠岐しげさ節 母は若い頃、2年程だが、島根の一畑観光のバスガイドだった。

そんな影響もあってか、歌というものに対して、私は好きだった。 心のどこかに父の兄弟船や母の隠岐しげさ節が眠っていたのだ 私は、第二回音戸の舟唄全国大会に出場することを決める。 お手本は、NHK広島の放送を録画したものだった。 その中に第30回記念隠岐しげさ節全国大会に私からの誘いもあり出場された方がいらっしゃって、そのなんとも美しく味のある音戸の舟唄に私は心を大きく打たれた。 いつの日か、その人の唄を実際にお聴きしたいと天に祈ったものだった  実は、それから私は毎年連続出場し続けて後に叶うこととなる。

初めての音戸の舞台では、母が合いの手をしてくれたため、一人だけで舞台に立たずに済んだので良かった。 だが本番ではズボンの中の膝がガクガク震えて私は唄うのが精一杯だった。 大勢の観衆の面前で自分の唄を表現するということが、どれだけ勇気が必要なのかということを正直、この時、思い知らされた。 そしてその瞬間、私の中で競技者全ての方々への尊敬の念と同じ志を持つという仲間意識が芽生えた。 思えば、この大会が私の民謡人生での人との出会いを豊かなものにしてくれたのだった。

時は経ち、私が民謡大会を頑張っているといううわさは床屋のお客様にも広がっていった。 その中のひとりに安来節の大ファンの方がいた。 その方は「民謡を学ぶなら、一度は安来節全国優勝大会を見ておく方がいいよ」とアドバイスをくださった。 私は、すぐに決断、お盆に島根県安来市へと向かった。 そこで私は運命の人と出会うことになる。 つづく

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私と出合った全ての人々に感謝 

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