![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/f2/aee3904e9c4ca31cc5b94fc46b433334.jpg)
・⇧ 写真は、祖父の鍛冶場(和歌山県海南市井田 ※現在はありません)
鍛冶屋の入口入ってすぐ左側に写真のような作業場がありました。
桶には水がありますが、これは焼き入れなどに使う水です。
師弟関係には(その家族をも含めて)連帯感があります。
何とかいう社会学者も・・人間にとって一番大切なものは"連帯"だと述べています。
親方は、権威あり、絶対の存在でした。
もっとも私の物心ついた時期には、祖父もだいぶと優しくなったと
母は言っていましたが
キリスト圏では、神が絶対の存在であるのとまあ似ています。
ただ神のように人間は万能ではないので、そういう意味では絶対の存在では
ないと思います。
今の日本には、絶対な権威をもつものが残念ながら失われています。
父の権威、教師の権威(教育の場)などでは特にだと思います。
弟子は、親方の「だめなものはダメだ」と理屈抜きに
教えられます。
鍛冶の技を習得するのにまずは理屈はいりません。
ごちゃごちゃ言うものは家に帰りなさいの世界です。
しかしながら、合気道などでは、
私は言葉で教えるということを軽く見ていません。
言葉で丁寧に、相手を観て教えないと
誰も習いに来てくれません。
亡き祖父のような教え方では
特別な世界をのぞいては成り立たないのが実情です。
続く・・・