六志
一曰直言志。二曰比附志。三曰寄懐志。四曰起賦志。
五曰貶毀志。六曰讃誉志。 (「六志)」『文鏡秘府論』)
*六志:りくし
一
みづしづくふるへをりけりふるへつつおのれのほかの渾を映す
*渾:すべて
朝朝夜夜つゆは葉にむすびうたはこと葉にむすびてこぼる
*朝朝:あさなあさな 夜夜:よなよな
二
どなたさまも仮の宿りのひとり客つゆの間つかの間つれなしの間の
蓋あかぬ小櫃のなかに住むここち天地東南西北や壁
*小櫃:こびつ
三
然様ならさらばしからばそれならば君いま暫しここにゐたまへ
*然様:さやう
君見ずや知るや知らずやそののちを移るうつつのうたての果てを
四
片割れがわれてわかれてゆく朝我こそ裂けて塵か散りぬる
*朝:あした
死の終はり生の始めに暗しとふ涼しからずやその両の端
*両:りやう 端:はし
五
詩は死者の手紙日付も宛先も余白の雨にやがて隠るる
音沙汰のなき一日の雨の音梨の礫の雨降りやまず
六
ちさき星とはいふものの此処にまで届くほどつよきつよき星なり
なき人がゆめに住まひてさししめすうつくしかりし日々のそこここ
◆小池純代「六志」『短歌』2021年7月号
※初出時の誤記を修正しました。