音信

小池純代の手帖から

日毎の音 緑 201115

2020-11-15 | 日記

  緑


 もこもこの緑がつづきもこもこがしづまる頃に故郷はじまる


 霊峰は赤か紫または白もしくは青で緑ではない


 棚雲のやうに見えるが茶畑であつてその葉は飲めるのである


 街道の緑の次は橋の白次は汽水のそのときのいろ


 ふるさとは贖罪知らずのめでたさで雪を冠らず冬でも緑




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日毎の音 舟 201114

2020-11-14 | 日記

  舟


 彼岸から此岸に吾を載せくれし舟が彼岸へ戻りゆくなり


 舟だつた人が柩の箱舟に花を山ほど積んで離岸す


 還りには誰も乗せずに一葉舟かのなつかしき岸辺に向かふ
           一葉舟:ひとはぶね

 とほざかり見えなくなつたそれだけのことでいまでもだれかの帆影


 火の波に舟は洗はれまつさらの白砂となり此処に打ち寄す




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日毎の音 砂 201113

2020-11-13 | 日記

  砂


 列島の砂丘の砂の色ふたつ裏のオレンジ表のグレー


 雨の日の砂丘はそれは陰鬱で海と明度を競ひ合ひたり


 好天の砂丘はかぎりなく白に近くそこそこ雲と見紛ふ


 さへぎりはしないがしかし邪魔はする砂に抗ひ海に逢ふまで


 弁当を使へば砂が相伴す波の咀嚼の果ての砂丘




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日毎の音 煙 201112

2020-11-12 | 日記

  煙


 果たせしはいつの約束海からの雲と合流かなひし煙


 うつし身は果てなば煙ではなくてもともと煙いろなき煙


 風のないよい日でしたねまつすぐに煙ひとすぢのぼつてゆかれた


 ときに溜めときに流してうすけむりどこかの国の文字を描きぬ


 煙とはそのやうなものありさうで十喩のうちにみあたらぬもの





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日毎の音 庭 201111

2020-11-11 | 日記
  庭


 近しくて深くて暗い青のいろ狭い庭から見た狭い空


 そのへんの草から種をいただいて庭の葉陰に埋めしもおぼろ


 大灘の庭は砂丘すなをかの庭はおほなだ園丁は風


 それはそれはせまいお庭で欲張りで実のなる木々が肩寄せあつて


 草庭を囲んで木々は行儀よく暦のやうに花を咲かせた




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日毎の音 独 201110

2020-11-10 | 日記

  独


 晩秋は各駅停車こそよけれ南太田で買ふ独逸パン


 独唱に吾が思ふかな一本の声萌え出づる地の空のいろ


 一人来て一人が帰る独り来て独りで還るみなそのやうに


 数独の数字を文字に置きかへて唄ひたまへなクアルテットで


 独り神の一人芝居の緞帳の垂るる黄昏地に垂るる蜜 





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日毎の音 冠 201109

2020-11-09 | 日記

  冠


 挙母より豊旗雲の聳くがに走る王冠光冠花冠
 挙母:ころも        クラウンコロナカローラ


 新年でなくても紙の冠がなくてもそれでもガレット・デ・ロワ


 王冠は厚紙と布でできてゐたそれでも王は王なのだつた


 王冠のかたちに封じ込めらるる炭酸水の空気の星々


 ガスコンロの火の王冠を司る吾はなにもの湯を沸かすもの



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日毎の音 日 201108

2020-11-08 | 日記

  日


 昨日までの日常がいま無可有郷ああ青い鳥あんなところに


 ハレがケにケがハレになるこの日頃とりあへず今日晴れのいちにち


 デジタルの時間表示は日の破片日日:日日連ねていづこにつづく


 命日のオメガ誕生日のアルファ二十六文字短かりける


 日のなかに箱ふたつありひとつに死ひとつに生が匿はれをり







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日毎の音 花 201107

2020-11-07 | 日記

  花


 「秘すれば花秘せずば花なるべからず」花あらざらむ花あるべからず


 「存在が花してゐる」とは存在が花のことばで話してゐること


 罅のごとく金科玉条繁茂してその枝に咲く紙の花々


 花をみてお酒をのんでやなことは嫌と言ふのが詩人の仕事


 ゆりかごから墓場そののちまでも花なにかにつけて花こそは花




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日毎の音 贋 201106

2020-11-06 | 日記


  贋


 天才が天才を知るその伝で贋物が知る贋物事情


 玩物が贋物ならば志喪ふこともいささいささか


 はつたりとはりぼてが手に手をとつて素顔のやうに真顔のやうに


 ほんものをめざした結果ほんもののにせものといふほんものになる


 にせもののなにわるからううそつきのなにわるからうどつちでもよい






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日毎の音 銀 201105

2020-11-05 | 日記

  銀


 冠雪の朝まで生きたその証われの頭は銀を賜ひぬ


 粗塩と麻の布巾でかがやかすためだけにある銀製の匙
 

 時光る春は白金夏は銅秋は黄金冬は白銀


 銀細工黒くくすんで重々し古き都のあの老舗感


 stainless steel japan晴れ晴れと背に刻まれて鋼ぎんいろ




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日毎の音 温 201104

2020-11-04 | 日記

  温


 涼よりも温を求むる心地してそろそろ秋を見送る空気


 マフラーの巻きかた一重から二重至極自然に温みに向かふ


 温州蜜柑或は雲州蜜柑とふよき名前なりいつものみかん


 天体が少し傾いでガリレオ温度計のなかの球体沈む


 微温湯を用意して待つなにを待つ水に戻つてゆくを待ちをり
 微温湯:ぬるまゆ 




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日毎の音 古 201103

2020-11-03 | 日記

  古


 みたことのないいにしへはみたことのない明後日のことかもしれぬ


 古書店の書籍の層に化石ねむりときをり半目うつすらあくび


 家電霊やどりてうたふ彼らなり古冷蔵庫セコハンヒーター


 おまへたち万葉古今新古今水栽培の芋の葉三種


 古物屋のどなたもゐない一隅にほんのり暗くみほとけぽつり



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日毎の音 静 201102

2020-11-02 | 日記
  静


 いにしへゆしたたる雨ぞ静かなるサマナシャーマン沙門空海


 沈黙と静寂の差は竹箸の尖にふるへる金箔の秋


 静の字に争の字があるふかしぎよ「金持ち喧嘩せず」に近きか


 静の意は農耕儀礼なる説のやすらかにしてしづかなりけり


 ほんたうのことは知らないほんたうのことはどこにもなくて静けし




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日毎の音 封 201101

2020-11-01 | 日記

  封


 引き結ぶうすきくちびるもの言はぬくちもと封の〆の一文字


 便箋と切手封筒マスキングテープとシール手紙のおめかし


 「封筒が立つ」といふのは高給の喩へ現金支給の頃の


 古本を一冊容れて立ちにける茶封筒この手慣れた感じ


 開封ののちのさみしさそれよりもさみしさつのる未開封の未




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