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G新聞記者の浅岡俊は、久しぶりにメトロに乗った。
母親の胎内で揺られるような独特の心地良さが蘇り、不思議に楽な気分だった。
ついこの間迄は乗ろうとするとパニックに陥った。
何故、メトロに乗るのに現在迄恐怖感があったか、分からない。
考えようとすると、激しく頭が混乱するのだ。
去年の9月頃の記憶を辿ろうとするとそうなる。
それより前、新聞社に勤め始めた頃の事はよく覚えている。
熱血漢の彼は、希望する社会部に配属された時、キャップに釘を刺された。
「功を焦って出過ぎちゃいかん。感情より理性を大切にしろ。それが究極的に正しい記事を書くコツなんだ」
それが、今は記事の校正や検証が主で現場に行けない。
俊は自分が何か大変なミスをやらかしたとも疑った。
そのミスが原因で、記憶喪失になったのか。
同僚に聞くと、首を横に振った。
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俊は生まれ育った家で一人暮らしをしてる。
母は何故かこの家に居ない。
母の亡くなったショックで自分は記憶喪失になったのだろうか?
彼は、会社の医務室で軽いトランキライザーを処方されて、充分な睡眠時間を取る。
充実感は全く持てないが、一応日常生活は安定している。
しかし、好きだった筈のメトロに乗ると、途端に激しい頭痛に見舞われのだ。
多分、メトロで彼は事件に遭遇したのだろう。
その後遺症が残る為に、会社でお客様扱いをされているのだ。
その結論に達した俊は、自分の秘密を探りたかった。
元の自分に戻りたいと痛切に思った。