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読書の森

大原富枝『婉という女』

『婉という女』は1960年に出版された大原富枝の出世作であり、岩下志麻主演で評判の映画にもなりました。実は史実を基に描かれた作品です。
映画を観て文庫本も買った当時の私にそれほどの感慨は無かったのです。

しかし今思い返すと、これは「リベラルな主張を抑えられた著者の青春時代」への哀悼を込めた作品だったのでは無いか?と感じるのです。
深読み過ぎかも知れませんが。


残念ながら本は移転で処分してますが、覚えているおおまかな粗筋を申します。

高名な儒学者であり藩の実力者である父親を持った婉。急進派の父は反対派によって処刑され、家族全てが牢獄のような家で閉門蟄居の身となった。その時婉は4才。以後40年間、外出はおろか外界の誰とも接触する事を禁じられた。その間長兄は病死、次兄は狂死する。次兄の無残な死がかえって残された女家族の結束を固め、婉は生き抜こうと決心する。
一家の味方は父の弟子だった学者のみである。
女としての欲望を全て抑圧された婉は外界と触れられる唯一の男性(父の弟子)をいつしか慕うようになった。しかしやっと幽閉が解かれた、当時では老女となっていた婉を待っていたのはまたしても過酷な現実であった、、。

この作者大原富枝自身もストマイ聾(薬剤による)で女学校を退学、戦禍も加わり女性として厳しい青春期を送った人です。文学に興味を持ってその道一筋に生きた人でもあります。
主人公婉は彼女の想いを込めた存在であったと思われます。

以前のblogで、当時の文学少女が「我をば抱く一樹も無し」と口ずさんだ、とお話しすると「生々しい。いやらしい。よっぽどモテないのだろう」と反応される方が多かったみたいです。

実はこの歌は岡本かの子の作品で、本当に文字通り若い男性の殆どが兵隊に行かねばならず、おまけに目立った自由な男女交際は禁じられたも同然だったからです。
戦時下の男女の青春は厳し過ぎたようですが、、。

母にとってその戦時中に生まれた恋が生涯に影響してしまったようです。

上の写真は、女学校卒業時の母の写真を載せたものです。これが昭和18年です。当時母は辛い初恋を抱えていました(全部母からのまた聞き)。

6人兄弟姉妹の次女だった母、実家の一番豊かだった時、姉と弟に挟まれかなり要領の良い娘で一家で一番モテた子だったみたいです。
お姉さん(伯母)も顔立ちは良いのにツンツンして男子の人気が無かったのに、愛嬌があって調子の良い母は大モテだったとか(話半分と思えない程私の青春時代も母は男性に人気のあった人でした)。
いつも可愛らしくて、はしっこく愛嬌がありましてね。

私の青春期に母に届く男性からの年賀状を見る度に、(何故私と比べてこんなにモテるのか!)と皮肉混じりに「誰が一番好きだった?」と聞いても決して告白しなかった母です。

「こんだけモテ話を聞かせといて、そんな事くらい隠さなくても良いのに」と余計反抗心を燃やしちゃった私、、色々複雑な事情があったらしい、と婆になって思います。



母が最期まで名前を明かさなかったその人が遺品のアルバムを何回か見てやっと分かりました。
ご近所のお兄さんで一人っ子だったのですね。
スラっとした、目が綺麗に澄んで、一途そうな方でした。
昭和19年の初め、その方が徴兵され、戦地に行かねばならなかった時(上の写真)。
写真の母は一生のどのシーンにもない、愛しい人を思う一途な素顔の女性の顔を見せてます。

ちなみにその人との二人きりのデートは双方の保護者から許さないもので、母の場合はうるさい姉(伯母)が必ずついてたそうです。
なお、向かって左は戦前の名古屋広小路を行く女学校卒業したての友達と母です。

もうカビが生えてしまった恋物語が、妙に切なく胸を打ちます。
大原富枝さんと比べるとおこがまし過ぎますが、戦争の大義は純な恋も「愚かなわざ」と踏み躙るものかも知れません、、。

追記:当然ながら母と相思相愛であの戦いによって引き裂かれた相手の男性は私の父親ではありません。
母とその人の想いは肉体的に全然遂げられなかったとはいえ、それぞれの配偶者にとって、非常に傷つく二人の想いだったと思いますね。
そして子供の私もこの事実を知った時(小6の時)非常に傷ついたのです。「私は望まれない子か!」それは学校のイジメなんか全然目じゃない苦痛でした。
「愛」とSEXは別モノという観念が根づいちゃったのです。
もっとずっと遅くに母の恋について知りたかったですね(出来れば一生知りたくなかった)。

なので世の大人の方々、子どもには「お父さん(お母さん)が世界で一番好き❣️」と嘘でもいいから言っといた方が、その家庭が平和みたいよ。
私にとってそれ以後、世界で一番大好きだった母がとっても憎たらしい「女」そのものに思えたことは事実。
口は災いの本ですよ。気をつけて。



読んでいただき心から感謝いたします。

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