
我を忘れて身構えた大輔は、美結がスマホをかざしているのを見た。
「今緊急電話しましょうか?お陰様で耳が治ったの。今の会話も録音とったわ」
その時大輔はギュッと胸が締め付けられる苦痛を味わった。
「あなたの事ちょっと調べさせてもらったわ。写真も撮ったの。
立派な詐欺だと訴えられるわね!」
突然、彼はひどい寒気と胸苦しさに襲われた。
顔から冷や汗が流れ、血の気が無くなった。
美結が呆然として見守る前に、大輔の身体はどうっと倒れた。
無理な悪事を重ねた彼の心臓はかなり弱っていた。
あまりにも強い驚きにショックを受けたのである。
彼が生きてるかどうか確かめる勇気など美結にある訳がない。
凍てつく冬、裏手に誰もいなかった。
美結は一目散に逃げ出した。
彼女はここまで懲らしめるつもりはなかった。
自分も騙す快感をちょっと味わいたかったのだ。

現在美結は新しい会社で正規のWebデザイナーとして働く。
持ち家は貸して、小さな賃貸マンションで暮らす。
友達とも恋人ともつかない、年下の男と付き合っている。
学生っぽさの抜けない男と思い切りバカな話をする時、美結は「しみじみ生きてて良かった」と思う。
大輔があれからどうなったか知らない。出来れば助かって欲しいと美結は思う。
何せ、難聴の治癒したきっかけ、彼の胡乱な言動に反応したからだ。
突発性難聴と間違えられたのは、経緯が不明だった為だろう。
医者も因果関係の掴み様がなかった。
美結自身も自分の身体について無知だったと思う。
全て終わった事だ。
美結は、長い髪をバッサリと切り、ジーンズに白いトレーナーというラフな格好で毎日通勤している。
以前と違う自分になりたかった。
今朝の空はスカッと青い。
「今日も頑張るぞ」と彼女は自分に声をかけていた。