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花金を同僚と飲み屋で過ごした尾崎秀樹は、酔い覚ましに歩いて帰った。
と言うのは口実で、近くに住む田山百恵のアパートを見たいからである。
秀樹が百恵の住処を見に行くのは、習慣化している。
白い壁と赤い屋根の、お菓子の家の様な可愛いアパートの二階にベージュのカーテンが掛けられ、蜜柑色の灯がついているのを見ると、「百恵は無事帰った」と安心する。
それだけで、秀樹は満足した。
彼は、その行為がいわゆるストーカー行為とは思わない。
純粋な愛情だと考えた。
秀樹も百恵もV食品会社の庶務課に勤めている。
去年の春、百恵は初々しい笑顔と共に入社してきた。
その顔を見た途端に秀樹は胸がきゅんと締め付けられた。
今は、彼女を大事にしておきたい。
秀樹の高鳴る気持ちを悟られないよう、時期がきたらさりげなくアプローチするのだ。
殊勝に心に決めて毎日を送っていた。
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百恵のアパートは道路沿いの路地を抜けたところにある。
国道に通じる道路は車が多い。
光と音を放って通り抜ける車に圧倒されながら、秀樹は道路脇の小径を歩いていた。
やっと路地に差しかかった時だった。
奥からよろめきながら寄ってくる大柄な男がいた。
「酔っ払いか」
自分の立場も忘れ、秀樹は顔を顰めた。
酔いはすっかり覚めている。
喧騒した道路を背に秀樹は身構えた。
急に男は秀樹に向かって、助けを求めるように倒れかかった。
思わず振り払った秀樹の前で、脆くも崩れた男の身体が車道に投げ出し、スピードを上げていた大型トラックに轢かれてしまった。
秀樹は頭の中が空白になった。
「そんなバカな。俺は避けただけなのに」