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「実は皆に秘密だったけど、今日でお別れなんだ。明日引っ越すんだよ」
今まで黙り込んで歩いていた明が言った。
「突然悪い冗談言わないでよ」狼狽した声で悦子は言った。
昭和48年12月、部活動を終えた二人は
川沿いの道を並んで帰っていた。
二人は同じ高校の新聞部で、帰り道が一緒というだけの仲だった。
しかし、悦子は明のいないこの道を想像するのが嫌だった。
明といるだけで、不思議な安心感があった。その平穏な日々が崩れる気がした。
「おやじの工場、倒産しちゃったんだ。東京で職探しするのさ」
瞬間ぼんやりした悦子は、思わず口走った。
「嫌だよ。行かないでよ。明がいないと、寂しいよ」
二人はじっと見つめあった。
明って綺麗に澄んだ目をしてるなと思った瞬間、悦子は強い力で抱き寄せられた。
唇が触れ合ったのを感じ、甘美な戦慄が走った。
悦子にとって初めての接吻は、瑞々しい思い出に満ちている。
それが明にとっても初体験かどうかは知らない。
ただ、明が別れる時、張り詰めた表情で言ったのを悦子は今も忘れない。
「きっと又会おう。俺その日まで頑張るから」
しかし、明はそれきり音信不通になった。
(続く)