冬の夕暮れ、駅前のビルで二人は12年ぶりに偶然再会した。
高校時代に忘れられない思い出を持つ男女である。
今二人はそれぞれふさわしい仕事を持ち、伴侶に恵まれている。
それでも、仲良くレストランに入り、昔語りを始めた。
野球に熱中する高2の彼は、ある日突然彼女に付き合うのを止めようと宣言する。
付き合いといっても、休みの日に映画に行ったり図書館で一緒に勉強する程度の事だ。
彼女が嫌になった訳でもない、ただ野球に集中するのに彼女の存在が邪魔だったらしい。
彼女は深く傷ついた。
そして二度と再び学校で彼と口をきく事は無かった。
暖かいコーヒーを飲みながら彼はかっての残酷さを詫びる。
そして、長い間気にかかっていた彼女の謎の行動について、恐る恐る尋ねるのだった。
宣言した翌日、皆で一緒に行く筈だった一泊二日の林間学校を彼女は欠席した。
彼は後で仮病である事を知った。
彼女は両親には林間学校へ行くと言って出かけたのである。
携帯もない時代で連絡する術はない。
人を騙せるような彼女でない事を彼は知っている。
一晩彼女は何処で過ごしたのだろう?
彼は自分の責任ではないかと苦しんだ。
彼女はさらりと答える。
「不思議な体験をしたのだ」と。
そして、メルヘンチックな小さな旅の話をするのである。
誰も彼女に注意する事も無く、無駄な自意識を持つ事もない町を、彼女は彷徨った。
そして浮世離れした不思議な人の家に泊めてもらった。
ペットの大きなペリカンと添い寝をしたのである。
彼女がホントの事を言ったかどうかは分からない。
ただ、高校時代の彼女の様に夢見がちな話しぶりだった。
彼は黙って聞いていた。
そして安堵した表情を浮かべた。
「じゃあ、又」と笑顔で二人は別れる。
しかし、それぞれパートナーのいる彼らは二度と再び会わない方が、お互いの為だと思う。
再び会えた喜びは束の間のものだったが、それも又大切な思い出に変わるだろう。
青春期は「ひたむきで、いろいろな事を思い詰めて、壊れやすくて、傲慢だった。」
丁度ガラス細工の心を持つ世代である。
彼はよく考えないままに残酷な言葉を吐き、彼女は言葉に傷ついて、どうしようもなく見も知らぬ町を彷徨ってしまう。
時が過ぎ、現在安定した生活をしているなら、それが一番だ。
切ないけれど、ガラス細工の昔に戻れば壊れる危険がある。
それでも物語を読みながら、甘い痛みを感じるものだ。